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JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

サーフボード・シェイパー(その他専門職)

村田 栄作さん

何が良くて悪いのかわからないのは、
くやしいけど、楽しい


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はサーフボード・シェイパーの村田栄作さんを紹介。サーフボードの持つ、曲面の美しさに魅せられてシェイパーに。”会心の1本“を生み出すために追究を続ける。


【プロフィール】むらた・えいさく■大阪府出身。日本で専門学校卒業後、インテリア家具の会社に就職。その後、大工となり、同時に地元サーフショップでボード修理のアルバイトを始める。ボブ・ハーレーに出会って、シェイパーを志し、18歳の時に渡米。ハーレーに師事しながら、顧客を増やす。現在、ハンティントンビーチの工房で活動中。

1日1本
ドルの儲け

乗り手の直感的な感覚を、ミリ単位で反映し
ていく

 日本で専門学校を出てから、インテリア家具を作る会社で木工職人として働いていました。親父が大工だったので、その後は大工をやっていました。10代の後半から兄の影響でサーフィンを始め、それと並行して地元のサーフショップでボード修理のアルバイトも始めたんです。

 18歳の時、ショップのオーナーのすすめもあって、アメリカにサーフィンをしに来たんです。ハンティントンビーチとかニューポートビーチでサーフィンをしていた時に、ボブ・ハーレーという、僕の師匠なんですけど、彼にサーフボードを作ってもらいました。日本では、生でボード作りを見る機会なんてなかったので、ハーレーに生で作ってもらって感動したんですよ。それで「ボードを作るの、カッコいいな」と思ったのがきっかけとなり、シェイパーを目指すようになりました。

 そして、たまたま僕が勤めていたショップのオーナーが、ハーレーを日本に呼ぼうということになって、日本でボードを作る企画を立てたんです。その時に僕は、弟子という形でずっと横に付いて、毎日、毎日見学させてもらって、そこからサーフボード作りを始めたんです。それまで日米を行き来していたのですが、こっちで僕のボードに乗ってくれる人が少しずつ出て来て、なんか感触を掴んだんですね。こちらでもいけるかなって。それで、25歳でアメリカに移住しました。

 最初は、ハーレーの仕事場を借りて、少しずつ始めて行きました。その頃は、まだまだ難しかったですね。お金がなくて食事にも困っていた時に、ずっと面倒を見てくれた人とかがいて、僕はすごく友達に恵まれていました。

 ある時、僕が作ったボードに乗った人が雑誌のポスターになったんです。それから地元のサーフショップにも置いてもらえるようになって。あとは口コミで注文が入るようになりました。

 でも最初の頃は1本作って25ドルの利益。もう大変だったんです。工房を使える時間も限られてて、1日に1本くらいしか作れませんでしたからね。それでもボードを作れること自体がうれしかったんですよ、お金じゃなくて。


芸術的な曲線に
魅せられた

 ボード作りは、フォームにアウトラインを鉛筆で書くんですよ。それを切り取って、反りを決め、丸くまとめていくんです。全部がきれいなラインでつながらないとダメなんですよ。ラインが1点から1点、きれいに出ないといけない。それがなかなかできないんですよ。

 だからカーブがきれいに出ると、本当にうれしいんですよ。ボードの芸術的な曲線に魅せられましたね。ポルシェとかフェラーリみたいに、きれいなラインっていうのがあるじゃないですか。あんな感覚ですね。でも、全然出せない(笑)。自分ではまあまあかなと思っていても、ハーレーに「なんや、これ」って笑われて、全然ダメでしたね。そこそこな物を作れるようになったのは、つい最近かな。でも、まだ「これ!」っていうのは、年に1、2回あるかないか。

 最近は、コンピューターでやっている人も多いですね。コンピューターでやると、対称で安定したものができるんです。でも、僕は手でやるのが好き。せっかく好きでこの道に入ったのに、1番面白いところをコンピューターにやらせるのはちょっとね。今は、1本作るのに平均2時間から3時間くらいかけています。遅い方なんですよ(笑)。


名画を見たような
影響を受ける

 ボードの善し悪しは、ごまんとサーファーがいるから、すぐに答えが出ます。乗ってダメだったら売れないし、良ければ人伝いに「あれはいいぞ」という風にね。僕の場合、たまたま友達で、上手い人が乗ってくれた。彼は地元でも有名で、大会にも出ていて、やはり勝ちたいから、お互いが刺激し合いながら、いい物を作っていきました。

 ボードは、乗る人の身長や体重、個性、どういう波に乗るか、どういうサーフィンをしたいかとか、いろんな要素を踏まえて、反り加減や厚さなど、全部考えます。調整はミリ単位以下で削ったりします。デリケートですよ。

 例えば、乗っていて変な音が鳴ったりすることがあるんです。フィンの後ろがほんの1、2ミリあるかないかの違いだけで、そうなったりします。

 まったく同じボードは、この世の中にないですね。同じボードでも、できあがったばかりと半年後では、弾力性が変わったりして、もう全然違うんです。奥が深いですね。自分で会心の作だと思っても、いざ乗ってみたら調子悪かったり、案外雑でも調子が良かったりして、難しいものなんですよ。そこが面白いところですね。でも、調子悪いって言われると、結構落ち込みますね。何が良くて悪いのかわからないのは、くやしいですけど、それを考えるのが、また楽しいんですよ。虜になるのは、そういうことを、あれこれ考えることですね。

 今だに「絶対、コレ!」という物はできないですね。ハーレーは、今でもたまに会うと、見た感じでアドバイスをくれます。それで答えが出ますから、やっぱりまだまだ遥かに上を行っていますね。また、アル・メディックっていう人がサンタバーバラにいるんですけど、僕はこの人は世界一のシェイパーだと思うんです。彼を超えようと、今、頑張っています。

 この人のデザインはすごいですね。名画を見たみたいに、すごい影響を受けます。そういう時は、もう居ても立ってもいられなくなって、「仕事場に行こう」って思いますね。

 南カリフォルニアは土地柄、シェイパーもたくさん居るけど、技術的なことをわかっていないとダメだし、クリエイトするセンスも必要。難しいですよね。あとは自然が相手ですから、その勝負もあります。ただ、特に適性とかはないですから「とりあえずやってみろ」と、言いたいですね。何事も、まず好きになることです。好きだと苦労も感じないし、僕もそうしてきましたから。これからもずっとシェイパーを続けていくことが目標ですね。

(2007年5月16日号掲載)