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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

牧師(その他専門職)

大倉 信(まこと)さん

聖書と日常生活の関わりを解き明かし
「希望」を届けたい


アメリカで夢を実現させて働く人の中から、今回は牧師の大倉信さんを紹介。アジア放浪の旅のインドで、人生の転機となる光景に遭遇。神学校を卒業し、現在、サンディエゴの教会で、迷える人々の心を癒している。


【プロフィール】おおくら・まこと■1969年、ソウルで韓国人の父と日本人の母の間に生まれる。71年日本に渡り、高校卒業後に渡米。91年、テネシー州タスカルム大学を卒業。日本帰国後、放浪の旅を経て、96年に東京聖書学院を卒業。98年に再渡米し、現在、サンディエゴ・ジャパニーズ・クリスチャン教会に属す。大倉牧師のブログ(www.mmpinc.us/pmac/)
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韓国生まれ、日本育ち
紆余曲折の青年期

沖永良部島にある教会で子供たちと

 牧師になったきっかけは、韓国人の父と日本人の母が共に牧師だったこともありますが、その道筋は紆余曲折でした。「牧師の子は良い子」という先入観が世間一般にありますけど、私の場合は決してそうではなく、色々なことがありました。

 韓国・ソウルで、生後まもなく父が亡くなり、田舎の教会を手伝って私を育ててくれた母と共に、高校までは日本で「牧師の子」として生きてきました。ただ、日本のクリスチャン人口は1パーセントにも満たず、民家に看板を掲げているような小さな教会が多いのです。日曜日になると、自分の寝ている部屋を片づけて、礼拝をするというような状況も。そんな自分にとって、家=教会を離れたアメリカ生活は魅力的に見え、高校卒業と同時に、18歳で渡米しました。

 テネシー州のタスカルム大学で心理学を専攻しながら、教会から離れて羽を伸ばした寮生活を送りました。日本人がいない環境で、多くの貴重な経験をしたのですが、心の中のどこかに、癒されない渇きがあったことを覚えています。

 当時は、日本はバブルの時期だったのですが、帰国直前は、「今後、何をしようか」と悩み続けました。坂本龍馬に憧れて自転車で高知に行ったり、広島の平和運動に参加したりもしました。

 その後、何かを捜し求めて放浪の旅に出るのですが、そのきっかけとなったのは、沢木耕太郎が香港からロンドンまでバスで旅をした旅行記『深夜特急』シリーズでした。インドのくだりで、カルカッタについて、「1ブロック歩いただけで、一生かけても味わうことのない体験ができる」というような記述があったのです。それを読んで、横浜から船で中国へ、そこからタイ、インドへと放浪の旅をし、いろいろな風景を見ることになりました。

 人生を変えたのは、インドのガンジス川の元にあるベナレスという街で、2週間1人で滞在した時の経験です。ガンジス川はヒンズー教徒の聖地で、教徒たちは亡くなると川に流されることを良しとします。

 ある日、遠くの川岸から煙が出ているので、近づいてみると死体を焼いているのです。そこでは、インド中から運ばれてくる死体を1日中焼いていたのですが、2つの薪が並べられているのを見ました。片方の薪の上には、豪華できらびやかな布で巻かれた女性の身体が横たえられ、周りでは多くの家族や友達が泣き叫んでいます。もう片方の薪の上には、みすぼらしい布でくるまれた女性の身体が置かれ、多分、路上で行き倒れた女性なのでしょう、誰も見守る人はいません。その焼いた灰を流している川の5メートル先では、女性たちが歯を磨き、洗濯をし、幼い子供たちが水遊びをしています。また、インドでは、神と崇められている野牛が、亡骸を包んでいた紐を食べています。

 半径20メートル以内の空間に、笑いも悲しみも、喜びも死も共存している。その風景を見た時に、自分のやるべきこと、進むべき道を、神様が見せてくれたと思いました。その時に「キリストを伝えていく」ということこそが、自分の生きる道だと確信して、すぐさま日本に帰国、10日後には神学校の入学試験を受けていました。


米国留学の経験が導いた
牧師としての再渡米

人生の転機となった自分探しのインドへの旅

 東京聖書学院を卒業し、鹿児島県奄美諸島の沖永良部島の教会で2年2カ月の赴任を経た後、再渡米することに。渡米のきっかけは、「日系人教会に日本語のできる牧師が足りない」と聞いたことでした。アメリカの大学に通っていた4年間について、「何のためにあの経験をしたのだろう?」と振り返った時に、すべてが1本の紐でつながったような気がしたのです。私が行くべきではないか、と。

 アメリカの教会では、教会堂と牧師が住む家が分かれており、キッチンや会議室、オフィスもあります。通常、月曜日はオフですが、それ以外の日は、教会に通います。朝一番に教会の方々や病床の方々のために、時間をかけてお祈りします。教会に来ている方々のみならず、サンディエゴ、全米、そして日本の方々のことも想いながら祈るのです。

 日曜礼拝のメッセージとして、プログラムの中で聖書の話をするのですが、その準備にも時間をかけます。平日にはバイブルスタディーやプレイヤーズミーティングといった集会もあります。また、これから手術をする方のもとへ駆けつけたり、病気の方をお見舞いして励ますことも。いろいろな悩みに答えるという点では、24/7体制で、緊急病棟のようなものですね。


聖書が伝える「希望」
喜びのメッセージ

 牧師をしていて1番うれしい瞬間は、悩みや悲しみのため、辛い気持ちで生きていた人々が、神様の愛に触れて、立ち上がろうとする場面に立ち会えることです。

 今、世の中ではいろいろなことが起きています。村上龍が『希望の国のエクソダス』の中で、「日本にはすべて揃っているけれど、希望だけがない」と書いていますが、アメリカにも当てはまると思います。

 日本人は、「聖書は難しい、とっつきにくい」というイメージを持たれることが多いのですが、聖書が日常生活にどのように関わるかを解き明かし、「キリストにある希望」が行き届くように努めていきたいです。

 今、特に自分自身が取り組んでいきたいと思っているテーマは、夫婦関係です。「夫婦」という最小社会は、子供に大きく影響を与えますし、その子供たちも大人になり、やがて夫婦になります。夫婦や親子という関係について、「聖書は何を言っているのか」「聖書はこんな喜びを語っているのか」というメッセージを伝えていきたいですね。

(2007年6月1日号掲載)