働く
JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

ストラクチャル・エンジニア(その他専門職)

宮本 英樹さん

この仕事は尊い人命を
守ることにつながる、
やりがいのある仕事


 アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はストラクチャル・エンジニアの宮本英樹さんを紹介。自然災害から人命を守りたいという情熱を胸に、世界中の超高層ビルや橋のデザインを手掛けている。


【プロフィール】みやもと・ひでき■1963年東京生まれ。カリフォルニア州立大チコ校を卒業後、ストラクチャル・エンジニアに。現在、サクラメントに本社を置く「Miyamoto International Inc.」のプレジデント/CEO。ホームページ:www.miyamotointernational.com
キャリアインフォメーションはこちら

アメフト選手目指すも
ケガで方向転換

リアドの内務省

 渡米したのは大学留学がきっかけだったのですが、高校生の頃から、休みなく黙々と働いている日本人の姿を見て、「自分はどこか日本とは違う場所で、一般的な日本人とは違った人生を送りたい」と、密かな思いを抱いていました。

 高校生の時にテレビでダラス・カウボーイズのアメリカンフットボールの試合を見ながら、「僕にもフットボールくらいプレイすることができるんじゃないか?」「アメリカに行って、ナショナル・フットボールリーグでランニングバックになる!」と、どういうわけか思ってしまったのです。それまで1度もフットボールなんてやったことがなかったにも関わらずです。

 思い立ったら行動あるのみで、アメリカの大学について色々と調べてみました。まだインターネットも普及していなかったので、図書館に通ってリサーチに励みました。そして何校かに願書を提出したところ、カリフォルニア州にあるButte Collegeから入学許可が下りました。早速、荷物をまとめて渡米し、もちろん入学後はNFLを目指すためにフットボールを始めたのです。しかし、ある日、練習中に膝を痛めてしまい、「僕のフットボール人生はコレで終わった」と、無念な気持ちを残しながらも諦めざるを得ませんでした。

 この膝の故障により、新たな道を選択しなければならなかったわけですが、その時にストラクチャル・エンジニアになろうと決めました。というのも、日本にいる父が、発電所やダム建設の責任者をしていたため、この分野には昔から興味があったことと、物理や理論が好きだったこともあり、この道を目指すことにしたのです。結果的に、膝のケガが私の人生を大きく変えました。

 Butte Collegeに2年間在籍した後、カリフォルニア州立大学チコ校へトランスファーしました。在学期間中は、色々なことにチャレンジしてみようと思い、フラタニティーに参加したり、ドミトリーの委員をやったり、消防活動をしたり、学費を払うために金の採掘までしていましたね。ユニークな経験ができ、楽しく充実した学生生活を送ることができました。


耐震建築で
人命を救うのに貢献

グリフィス天文台のプロジェクトでは賞を受賞

 私の専門のストラクチャル・エンジニアは、平たく言うと、地震や自然災害にも耐えられる建物や橋をデザインするのが仕事です。毎年、大地震やハリケーンなどで多くの人命が奪われていますが、この仕事は尊い人命を守ることにつながる、やりがいのある仕事です。

 1989年にサクラメントにある建築事務所に就職したのですが、97年に師と仰いでいたJohn Shaffer氏から会社を引き継ぎました。現在は、「Miyamoto International, Inc. Structural & Earthquake Engineers」として、サクラメント、ロサンゼルス、オレンジ・カウンティー、サンディエゴ、サンフランシスコ、そして東京にオフィスがあります。

 2002年には、超高層ビルのデザインを得意としているロサンゼルスの「Martin & Huang」という会社を買収し、最初は5名しかいなかった社員も、7年間で80名にまで増え、現在に至っています。

 主に大規模なプロジェクトに携わっており、これまで上海の「21st Century Tower」、サウジアラビア・リヤドの内務省、ロサンゼルスのグリフィス天文台、ハリウッド・ボウルなどを手掛けてきました。また、さまざまな機会に、私の持つ知識や経験をレクチャーしたり、報告書を出版しているほか、最近では大地震が多いことで知られるトルコの「Istanbul School Seismic Rehabilitation Project」に参加し、私の耐震建築についての専門知識を、多くの人たちとシェアすることができました。これは、将来的に多くの人命を救うことにつながるのではないかと思いますし、専門家として大きな貢献ができたと確信しています。

 私自身も含め、社員全員が常に高い技術と知識を持って仕事に取り組めるよう、国際会議への出席や、世界中の大学関連有識者とのディスカッションなどにも積極的に参加して、日々、技術向上のため努力しています。


トップレベルの
技術と知識が要求される

 私たちのクライアントは、数十億円、数百億円、時にはそれ以上といった莫大な金額を投資して高層ビルを建てるわけですから、当然、私たちにも世界トップレベルの技術と知識を要求されます。もし自分がガンを患って病院へ行った時、「自分の担当医は名医であってほしい」と願うのと一緒です。クライアントは、自分の命同然の大切な物を私たちに委ねてくれているわけですから、期待に応えなければなりません。

 現在は、ロサンゼルス・リトルトーキョーの22階建てのビルや地下鉄駅、ラスベガスの50階建てコンドミニアムなどのプロジェクトを手掛けています。また、光栄なことに、これまで色々な賞も受賞しました。今年はCalifornia Preservation Foundation Design Awardsより、グリフィス天文台のデザインで「2007 Trustees Award for Excellence」をいただきました。

 趣味はアウトドアで、つい先日もシエラ山脈まで旅行に行ってきました。50ポンドのバックパックを背負って、1万3千フィートの山々を登ってきました。アウトドアは私にとって、大変良い気分転換となっています。

 仕事も遊びも、何事もバランスが大切なのではないかと思います。仕事では理論と創造性が大切ですし、人生には家族、キャリア、健康、信念のバランスが大切で、それのうちの1つでも崩れてしまうと、歯車がうまく回らなくなってくるものです。

 私は、もし今日が人生最後の日となってしまっても、決して後悔しないよう、1日1日を大切に、全力で生きようと心掛けています。その積み重ねが、結果的に良い仕事につながると信じています。

2007年10月16日号掲載