働く
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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

シェフ(その他専門職)

八木 久二子さん

料理の仕事なら、片言の英語でも
美味しく作ることができれば
認められると思ったのです。


 今回は、モダンフレンチ「SONA」で働く八木久二子さんを紹介。東京で銀行に勤めていたが26歳でシェフに転身、まったくの素人から名店のスーシェフに昇格。セレブシェフの片腕となり、繁盛店を切り盛りする。


【プロフィール】やぎ・くにこ■1977年群馬県生まれ。フェリス女学院で英文学を専攻、卒業後は東京の銀行で総合職として就職する。3年間働いた後、結婚を機にロサンゼルスへ。2003年2月、セレブシェフ、デビッド・マイヤー氏の経営するモダンフレンチ「SONA」に見習いとして入り、06年9月同店のスーシェフになる。
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銀行員からシェフへ
26歳、異国での転身

キッチンのスタッフたちと。スタッフの成長も楽しみの1つ

 渡米は2001年。東京の銀行に総合職として勤めていたのですが、当時お付き合いしていたアメリカ人男性と結婚することになり、ロサンゼルスに来ました。

 銀行での仕事にはやりがいを見出せず、渡米をきっかけにこちらで何か手に職をつけたいとは思っていましたが、その思いが強くなったのは、短い結婚生活にピリオドを打ってから。英語が特に得意だったわけではありませんでしたから、自活のための仕事を探すうち、「料理の仕事なら、片言の英語でも美味しく作ることができれば認められる」と思い、料理の道を選びました。

 特に料理が得意だったわけではなく、料理のことなど何も知りませんでしたので、レストラン格付誌『Zagat Survey』を買って1番得点の高いレストランを訪ねることに。1番料理の上手な人から習わないと、誰よりも料理が上手になれないと思ったのです。

 自宅の付近で最高得点だったのが、「Bastide」とここ「SONA」でした。当時、アルバイトでビバリーセンターの日本料理店「UBON」でウエイトレスをしていたのですが、そこに常連客で来ているアメリカ人がいました。ランチタイムに普段着で来られ、本を読みながら食べていたので、まさかシェフとは思っていませんでした。ところが職を探しにSONAのドアを開けた時、見覚えのある顔が奥から出てきてびっくり。彼はSONAのオーナーシェフ、デビッド・マイヤーだったのです。

 デビッドは、初心者の私にチャンスを与えてくれ、翌日からアシスタントとしてキッチンに入ることになりました。ところが、奮発して50ドルで買った包丁を持っていくと、「そんな安い包丁は使うな」とたしなめられ、キッチンの器具や機材の名前もわからず、突っ立っている始末。スタッフに何度も聞いたり、家で調べたりしながら、最初の3カ月はとにかく無我夢中でついていきました。


一生懸命やれば認められる
3年半でスーシェフへ

同店が経営するスイーツの店「Boule」。
ベーカリー責任者の久保田万里子さんと

 夜中までの力仕事で時給は7ドル。しかし、素人の自分が仕事を教えてもらえて、お金をもらうなんてありがたいと思いました。銀行員だった私が、セレブシェフの店で働けるなんて、普通考えられないチャンスです。家族全員の反対を押し切ってこちらに来たので、今さら帰るところもありません。英語力をハンデにしたくなかったので、逆に日本人の友達も作らず、こちらの世界で頑張ってみたかった。料理は腕さえ磨けば、世界中どこでも対等に働けると思っていたんです。

 しかし、キッチンのスタッフは皆、18、19歳でこの道に入っています。私は当時既に26歳でした。最初の1年は焦り、つらい日々でしたが、ある日デビッドが、「誰より一生懸命に働いていれば、5年間でスーシェフ(副料理長)になれる」と声をかけてくれたんです。この言葉は本当に励みになりました。

 キッチンでの仕事は午後3時から。午後5時までの2時間で、その日の分すべての下準備をしなければなりません。集中してやるというのがデビッドの哲学。いつもキッチンは緊張感を持たせていたいという方針なのです。
 日本人は一般的に、頭を下げ、集中してムダ口を叩かない、忍耐強く、責任感とプロ意識があると思います。日本人って働き者なんですよね。私も早く認めてもらいたくて、一生懸命働きました。前菜、温菜、魚、肉の担当を経て、06年9月にスーシェフに昇格しました。


すべてを手がけられる
自分の店を持つのが夢

 スーシェフの仕事は、毎日の食材の注文、メニューの変更、キッチンの衛生管理、キッチンスタッフの管理、味付けと盛り付けのチェックなど、オーナーシェフの下で、チームリーダーの役割を果たします。中心的なことは、オーナーシェフと私、ペストリーシェフの3人で決めていきます。

 毎日正午に出勤し、3時までにオフィスでコスト計算や経理の仕事をし、キッチンで新メニューの考案などを行います。5時までの準備時間はスタッフの指導。その後、全体ミーティングがあり、6時から10時までが営業時間となります。閉店後、キッチンの掃除を済ませ、明日の食材をオーダーして帰宅するのは夜中の1時。でも、大変だと感じることはありません。好きな仕事ですから。お客様が「美味しかったです」と言ってくださることが何よりの喜びですし、スタッフの成長ぶりを見るのもやりがいの1つです。

 新しい食材を入手した時、これをどう料理するかを研究するのも楽しいですね。うちの店の売りは、その日の旬の食材を活かした料理。営業中にデビッドから「今、何がある?」「これはできる?」と言われ、駆けずり回ることもしょっちゅうです。でも、日頃から色々な本を読んでいると、それがある時パッとした閃きとして出てくる。デビッドは日本の食材や調理法を積極的に取り入れており、日本の味がバックグラウンドにある私の強みになっていると思います。ダシをブラッドソーセージとヒナ鳥の料理に使うなど、新しい発想もデビッドとのコラボで生まれています。

 これからの目標は、3〜5年以内に自分の店を持つこと。30席くらいの小さなレストランで、カウンターで料理するというスタイル。ワインやカクテルと日本的な軽くてさっぱりとした小皿料理を出す店です。それには不動産も学びたいですし、内装のデザインや音楽、接客の仕方ももっと学びたい。やりたいことがたくさんあって、考えただけでもワクワクします。

(2007年11月1日号掲載)