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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

ピアノ講師(その他専門職)

白井 三惠さんさん

音楽も、教えることにも、
終わりはありません


アメリカで夢を実現した日本人の中から、今回はピアノ講師の白井三惠さんを紹介。子供たちの成長をずっと見守れるピアノ講師という仕事は、非常にやりがいがあると話す白井さん。その仕事内容などを聞いた。


【プロフィール】しらい・みえ■東京都出身。小学校からピアノを始め、1989年、ロサンゼルスに渡米。大学でピアノ・パフォーマンスを専攻する。卒業後、塾の講師を務める傍ら、子供たちにピアノを教え、95年に独立。現在、全米音楽教師協会(MTNA)、カリフォルニア州音楽教師協会(MTAC)、JMACにて、審査・指導に活動中。
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学部長に誘われて決めた音楽専攻

 母がピアノを嗜み、お琴の先生をできる免状も持っていたので、小さい頃から音楽に親しみがありました。でも、初めはピアノではなくバレエ。私は手が小さいので、ピアノは向かないんじゃないかと母親が判断して。3、4歳の頃から始めました。バレエの先生は、テレビの仕事をされている先生で、よく子役を貰ったりして、一緒にテレビに出させてもらいました。

 ピアノとの最初の出会いは、5歳の時に祖母がプレゼントしてくれた小さいピアノ。バレエよりずっと楽しかったですね。本格的にレッスンを始めたのは、小学校に上がってから。

 私がピアノを習うことを、母は最初渋っていました。母は、私にバレエを続けてほしかったんだと思います。けれど、やっぱりピアノが好きで、何度も何度もお願いして、やっとって感じでした。

 発表会とかコンクールがありましたが、スタートが他の子と比べて遅かったので、あまりパッとせず、賞ももらうこともなく、高校まで続けました。それに音楽の道に進もうとは、考えたこともありませんでした。そもそも人前で弾くのがあまり好きじゃなかったですし。ただ、英語を話せるようになりたかったので、アメリカに留学したいとは思っていました。

 高校を卒業して、渡米したのは1989年です。こちらにいる知り合いの人が見つけてくれた大学に、何も考えず入学しました。専攻を選ぶのに悩んでいた時、たまたま音楽の学部の教室にピアノがあって、何気なく弾いていました。そこに学部長がやって来て、「ウチの学校の生徒?」「何年生?」と聞かれました。私が勝手にピアノを弾いたから、てっきり怒られるのかと思ったら、「専攻は何か?」と聞かれ、私が「まだ何も決めてません」と答えると、「じゃ、ぜひ音楽の学部に来なさい」と誘われたんです。


講師の仕事は人間関係が重要

MTACサウスベイ支部ボードメンバーと

 誘われるままにピアノ・パフォーマンスを専攻しました。演奏が中心ですが、もちろん音楽理論、歴史も学びますので、日本での知識が役に立ちました。卒業間際に4年間の演奏活動に対し、大学から最優秀賞をいただきました。大学院にも進みたかったのですが、お金が尽きたので、ピアノ店などで職探しをしました。幸い日系の塾で先生として採用してもらえましたので、そこで2年ぐらい働き、永住権を取得して、95年に独立しました。

 実は塾で働く傍ら、ピアノを個人的に教えていたので、独立した時も割とすぐに生徒が集まったのは、ラッキーでした。最初は、日本人駐在員のお子さんが多かったですね。当時はピアノも持っていなかったので、ご自宅まで出張して、走り回っていました。

 個人講師の仕事は、人間関係がとても大切だと思うんです。子供や保護者との関係もそうですし、同業の先生たちとの関係もそうです。生徒がなかなか集まらない時に連絡してくれたのは、まず同業の先生方。ほかにも、前任の駐在の方だったり、生徒の親御さんだったり。特に同業の先生方は、競争相手というより、同じ問題意識や理想や悩みを共有する大切な仲間なんですよね。

 私は、現在さまざまな指導者協会に属しているので、それも強みかもしれません。1つは全米団体のMTNA(全米音楽教師協会)、全米中に支部があって、ここロサンゼルスにも支部があります。ここは、入るのにそんなに審査はありません。もう1つはMTAC(カリフォルニア州音楽教師協会)で州の協会。私はサウスベイ支部でボードメンバーとして活動しています。ここは、学歴や成績、講師としての経験も必要で、ただ入りたいでは入れません。

 協会に入っていると、コンペティションやリサイタルを大掛かりでやっていますので、自分の生徒にチャンスをたくさん与えられます。レベル向上を目指して技術的なことや、音楽的なことを教え込むことも大切ですが、目標に向かって真面目に努力することの尊さを教えるのも、また大切な仕事です。コンペやテストでうまくいかなかった時こそ、学べることがたくさんあるんです。

 私は10年近く協会に入っていますので、コンペで審査員を務めたり、州のテストで審査をしたりしています。教えることから始まって、人とのつながりや経験を積んでいくと、そういうこともやらせてもらえるようになります。

 あとは、2000年に全日本ピアノ指導者協会のロサンゼルス支部が独立して生まれたJMACの代表を務めています。毎年、ピアノフェスティバルを開催していて、今年は6月7日、8日の2日間にわたり行います。多くの日本人、日系人の生徒の皆さんが楽しみにしているピアノの祭典です。


子供の成長に関われてうれしい

 ピアノを教えていて、うれしいことですか? 音楽を通して子供の成長に関われることですね。3歳から始めれば10年以上、一貫して教えるわけです。学校の先生でも長くて6年、これだけの期間は体験できないですよね。

 子供を教えていると、色んな過程を経ていきます。舌が回らないような小さい頃から反抗期を過ぎて大人になっていく。紡ぎ出される音楽もまた同じように成長していきます。やっぱり教えたことが実って、コンペティションで賞を取ってくれたり、テストでいい成績を取ってくれたりしたら、うれしいですよね。そうでなくても、少しずつピアノを好きになってくれたり、レベルが上がって行くのを見ると、すごく楽しいです。

 私がこれからピアノの講師になろうとしてる人にアドバイスをあげるとしたら、1つ言えるのは、バイエルなどの定番も大切にしながら、常に新しいものに興味を持って、勉強を忘れないことです。また、子供の個性に合わせた指導法を、クリエイティブに考えていく必要があります。私もまだまだ勉強中です。音楽も、教えることにも、終わりはありません。

(2008年2月16日号掲載)