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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

シェフ(その他専門職)

トーマス 由理英さんさん

どれだけキッチンで大泣きしたかわかりませんが、
逆境に立たされると頑張る性格


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はシェフのトーマス由理英さんを紹介。5つ星レストランや数々の有名レストランで、卓越した才能を発揮。現在、ホテル「THE US GRANT」の副総料理長。


【プロフィール】とーます・ゆりえ■広島県生まれ。OLを経験した後、ユタ州のWeber State Universityへ留学。帰国後、調理師資格を取得し、料理の鉄人・坂井宏行氏の「La Rochelle」や、「The Ritz-Carlton」などを経て、現在、サンディエゴ・ダウンタウンにあるホテル「THE US GRANT」の副総料理長を務める。
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手に職をと思い調理の道へ

現在の職場「THE US GRANT」の
キッチンにて

 20代前半の頃、手に職をと思い、神奈川県にある厚木調理師専門学校に入学しました。在学中にアメリカ人の主人がサンディエゴに転勤することになり、卒業後、1年遅れで私も後を追ってサンディエゴへ渡りました。

 アメリカでは調理経験もありませんでしたし、仕事も簡単には見つからないだろうと考えていた矢先、サンディエゴの「Hyatt Regency」でジョブオープニングがあるとのことで面接に行き、そこで、エグゼクティブシェフと話をしたのですが、何とその場で採用に。このエグゼクティブシェフは、過去に日本人と働いた経験があり、日本人の真面目で勤勉な性質を知っていたため、日本人びいきだったのかもしれません。

 1年ほどハイアットで働いた頃、ラホヤにオープンしたレストランに引き抜かれ、そこで働くことにしました。

 すると、ある日、シェフから「君はフランスに行って、勉強した方がいい」と、言われたのです。とは言っても、結婚している身でしたし、「そう簡単には…」と返事を濁すと、「じゃあ、日本に帰って勉強した方がいい。とにかくアメリカじゃダメだ」と言われ、思い切って主人を残して、日本に戻ることにしました。

 日本に帰ってすぐにアポイントメントなしで訪れたのが、「La Rochelle」。料理の鉄人として一躍有名になったフレンチの坂井宏行シェフの店です。「アメリカから坂井シェフに会いに来ました」と、レストランのスタッフに告げると、坂井シェフに電話で連絡を取ってくれ、「面白そうだから、今すぐ連れて来て」と興味を持ってくれました。

 それから撮影現場まで連れて行ってもらい、実際に坂井シェフとお会いしたところ、「珍しい人だね」と、その場で採用が決まりました(笑)。


鉄人・坂井シェフから学んだプロフェッショナリズム

大きな影響を受けた
坂井宏行シェフからの色紙

 坂井シェフからは、多くを学ばせていただきました。料理は味覚と視覚が大切だということ、それを養うには、あらゆる感性を磨かなければならないこと。そして、プロフェッショナルに徹することの大切さ、仕事場では集中し、お客様にはベストの物しか出さないという妥協しない姿勢。挙げればキリがありませんが、これらは、今の私の仕事に大きく影響しています。

 坂井シェフのレストランで働いた後は、ホテルのフレンチレストラン、葉山のイタリアンレストラン、ベーカリーなど、それぞれ1年ずつと決めて働きました。その間にアメリカにいた主人が日本へ転勤になり、一緒に暮らすことができましたが、2001年に再度サンディエゴへの転勤が決まったため、それに合わせて私も一緒にアメリカに戻りました。

 また、アメリカで職を探すことになったわけですが、たまたま海岸沿いをドライブしていた時、Laguna Niguelに「The Ritz-Carlton」を見つけ、すぐにエグゼクティブシェフに手紙を書きました。すると、「ぜひ会いに来てほしい」という返事があり、またまた面接の場で採用が決まりました。

 「The Ritz-Carlton」の中には3つのレストランがあり、料理人は全部で75人。私が働きたかった5つ星のフレンチレストランは、75人中トップ6に入らなければ働くことはできず、私はカジュアルなレストランの1番下のポジションからスタート。私はどの面接でもあまり自分をアピールしないので、いつもスタートは下からなんです(笑)。

 でも、入って半年でトップ6に入ることができ、念願だった5つ星のフレンチレストランで働くことができたのです。そこではメイン料理のソテーを担当しました。このポジションは、キッチンの中でも1番重要なポジションで、女性には無理と言われていましたし、女性初のソテー担当ということで、初めは周りの料理人仲間からも冷やかな目で見られました。ですが、実力が認められてからは、対等に働くことができました。

 しかし、残念なことに04年にホテルの方針で、このレストランがカジュアルダイニングになることが決まり、私は辞めることにしたのです。


ハイエンドなホテルの総料理長を目指す

 リッツを辞めて、サンディエゴ・ダウンタウンにある「The Westgate Hotel」のカジュアルレストランで、スーシェフのポジションが空いていることを知りました。このホテルの評判は以前より耳にしていたので、すぐに調理テストを受け、合格しました。

 しかし、カジュアルレストランでの採用だったはずが、フレンチレストラン「Le Fontainebleau」のエグゼクティブシェフから「今すぐ、ポジションを空けるから」と言われ、「Le Fontainebleau」で働くことになりました。ここは、周りのシェフやスタッフは皆ヨーロッパ人ばかりでレベルが高く、日本人に共通する感覚を持っている人たちが多かったですね。

 2年半そこで働いた頃、そろそろほかの職場を見たくなったので、ホテル「THE US GRANT」に面接を受けに行きました。ホテルのスーシェフとして採用したいとの返事があり、ちょっと面白そうな気がしたので、受けることにしました。採用後は、ルームサービスやレストラン、バンケットなどを担当し、昨年、副総料理長に任命されました。今は、料理以外にも人事やコスト計算など、マネージメント面も任されています。

 料理の世界は男性が多いこともあり、女性シェフに対する偏見もありましたし、アジア人ということでつらい思いをしたこともあります。これまでどれだけキッチンで大泣きしたかわかりませんが、負けず嫌いのせいか、逆境に立たされると頑張っちゃうんですよね。ホテルの副総料理長というポジションまで来たからには、今はハイエンドなホテルの総料理長を目指し、頑張っています。その夢が叶った後には、小さなレストランを自分で開けたらいいなと思っています。

(2008年5月1日号掲載)