働く
JOB

アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

リムジンドライバー(サービス・サポート系)

戸倉 正文さん

車を清掃しながらお客様を待つ、
その姿がお客様の安心につながるのです


今回は、旅行会社勤務を経て、現在、リムジン会社マックウェーブを経営する傍ら、自らハンドルも握る戸倉正文さんをご紹介。アメリカでも日本式のきめ細やかなサービスを提供し、幅広い固定客を持つ。


【プロフィール】とくら・まさふみ■京都府出身。パサデナのカレッジでグラフィックデザインを専攻後、デザイン専門大学に入学、中退。旅行会社で商品企画、オペレーション・マネージャーなどを経験。1998年M.A.K. WAVE, Inc.を設立、2002年リムジンサービスを開始。リムジンカーの保有台数は日系最大級

昔に得た旅行のいろはが今の仕事に活きる

戸倉さんも自慢のドライバーとリムジンと共に

ロサンゼルスに来たのは30年前。何も目的を持たずに来たから、「このままではマズイ」と、カレッジに行くことにしました。メジャーはグラフィックデザインで、卒業後はパサデナのデザイン学校に。何とか入れたはいいものの、他の学生のレベルは次元が違う。授業料も続かないのであっさり辞めてしまいました。




そうしたら、旅行会社がアルバイトとして雇ってくれたんです。余裕のある会社でしたから、教育面にとても力を入れていて、1カ月かけて“旅行のいろは”を教えてもらいました。現在、私がリムジン会社をやっていて、当時のノウハウが役立っているので感謝しています。

 その旅行会社を辞めると、日本で熟年層をターゲットとしている旅行会社に移って、熟年層向けの安くて盛りだくさんの内容のツアーを立ち上げました。そこの所長は努力家で親分肌、旅行業界ではとても知られた方で、私にとっては“アメリカのお父さん”的存在でした。その方の下で働いた8年間で自分自身が開花しました。

 でも、人間って絶頂期にいると、運を実力と錯覚してしまうんです。自分も何もかもうまく行き過ぎて天狗になっていたと思います。それに気付いた時、「これじゃダメだ」と辞めました。それで違う分野にチャレンジしてみたいと、ホテルでセールスを始めました。それまで旅行会社でエージェントとして発注側にいたのが、今度は逆の立場。切り替えが大変でしたが、エージェントは概してベンダーの気持ちがわからないし、ベンダーはエージェントの気持ちがなかなかわからない。やはり今、私がリムジン会社をやっていけているのは、そのどちらも経験したからです。

 その後、別の大手旅行会社で、オペレーション・マネージャーも務めたのですが、身体を壊して、退職を余儀なくされました。無職の状態で2、3カ月が過ぎた時、旅行業界の知り合いを訪ねたら、ツアーガイドを頼まれました。引き受けたんですが、社員になるのは抵抗があったので、当初はフリーランスで。

 その後、知り合いの会社が急成長すると、「もっと人を雇って、うちの仕事を受けてほしい」という話になって。それで私も送迎用の車を買い、人を雇ったら、会社組織として対応することになりました。それが1998年にマックウェーブを起業した一歩でした。


旅行業界を一気に再編した9・1テロの激震

起業後は順調に成長しました。しかし、9・11テロで一気に旅行業界全体が冷え込んでしまいました。日本からのツアーが減り、お客様も激減しました。当時のスタッフには本当に申し訳なかったのですが、1人だけ残して全員レイオフしました。ダウンタウンに駐車していた車も、自宅の裏に全部停めて。ご近所には同情されましたね。

 ですが、この時期に旅行業界は再編されました。当時あった大きなベンダーさんが淘汰され、業界に見切りをつけて、去った人も多かったですね。でも私は踏ん張って、この仕事にこだわりました。

 ある日、たまたまサンディエゴでゴルフショップを経営している友人の所へ遊びに行ったら、「サンディエゴの人は、ロサンゼルス空港に行くのも大変だ。お前のところの車を出せ」と言われました。それがリムジンサービスを始めたきっかけです。

 でもリムジンといえばリンカーン・コンチネンタルの黒塗り。私が持っていたのは観光サービスで使用していた白のバン。全部車を買い替えなくてはいけないと焦りました。1台のリンカーン・タウンカーを買うのにも相当悩みました。

 スタッフはレイオフしてしまって誰もいませんから、最初は全部自分で走らせていました。長年旅行業界にいたおかげでカスタマーケアは得意でしたので、そのうち固定のお客様が付き、ビジネスとして軌道に乗ってきました。この仕事は、お客様にいかに気に入っていただけるかが成功のキー。常連の方でも、サービスに不満を感じたら離れてしまいます。お客様をよく観察して、カスタマーサービスを常に向上させる努力が重要です。


普段会えない人と接し幅広い視野を得られる

リムジンドライバーに第一に求められるものは安全運転。重要なお客様の命を預かる仕事だけに、ドライバーとしての資質を問われます。運転が好きだからと希望する人が多いですが、それだけでは務まりません。仕事として責任を持って運転するとなると、普段の運転とは異なり、緊張も高まり、細心の注意が必要になるからです。

 あとは、「時間に正確」であること。しかし、アメリカは、サービスに対しての根本的な考え方が日本と違っていて、9時と言ったら9時にしか来ません。そうなると渋滞で遅れたりするわけです。私は遠隔地ですと、1時間前にお迎えに上がるようにしています。そして車を清掃しながらお客様を待つ、その姿がお客様の安心につながるのです。

 そしてお客様に対して「最善を尽くします」というホスピタリティー。快適に過ごしていただけるように、車内に水のボトルやキャンディー、おしぼりなどのアメニティーや、日本人には日本語の雑誌を置いたりしています。

 リムジンドライバーという仕事は、普段お会いすることがないような業界や会社の方々とも接する機会が生まれ、より幅広い視野や知識を得ることができます。接客を通して一般の人が得られない人脈が築け、感動が生まれ、人生の飛躍のステップになることもあります。しかし、現在、業界全体で高齢化が進んでいます。ですから若い人たちに、この仕事には情熱を注いで、一生懸命になる価値があるということを感じてもらいたいですね。今が1番良いチャンスだと思いますよ。


(2008年11月1日号掲載)