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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

フラメンコ・ギタリスト(クリエイティブ系)

田中保世さん


アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はフラメンコ・ギタリストの田中保世さんを紹介。幼少の頃からフラメンコやギターに慣れ親しみ、本場スペインでその真髄を学ぶ。現在、全米中で音楽としてのフラメンコの普及に邁進している。


【プロフィール】たなか・ほせ■京都府出身。実家が楽器屋で、父親と叔父がフラメンコ・ギタリスト、母親がフラメンコダンサーという環境に育った。高校卒業後に渡米。ハリウッドの音楽学校「GIT」で学び、永住権取得。アメリカでギターを教えながら、スペインでフラメンコギターの修業を続ける。レッスンの問い合わせは、E-mail: jose@josetanaka.comまで

ロックに憧れ渡米
幼少の原点に戻る

実家が楽器屋で、父と叔父はフラメンコ・ギタリスト、母はフラメンコの踊りをやっていました。それで「ホセ」という名前も付けられたんですよ。
 
そういう環境ですから、自然と小さい頃からギターをやっていて、中学・高校はロックにハマっていました。高校を卒業して音楽留学しようと思った時に、スペインかアメリカという選択があったんですが、フラメンコは当時、両親にやらされてたという面があったので、アメリカでロックをやろうと1987年に渡米しました。
 
ハリウッドにGITという音楽学校があって、当時は有名人でもオーディションで落とされたりする有名校。最初は英語ができないからESLに通って、それからデモテープを持参して筆記テストを受験。「これで落ちたらシャレにならない」と思いながら、何とか受かったんです。
 
GITには1年半くらい在籍したのですが、運良くグリーンカードが取れて、ギターを教える仕事も見つかりました。当時、私がプライベートレッスンでエレキギターを教えていた子は30人はいました。「アメリカでこんな仕事ができるなんて、やりがいがあっていいなぁ」と思っていましたが、毎日同じことをするのに飽きてきちゃったんです。それに、自分だけが奏でられる音楽がやはりいいなと思い、子供の頃にやっていたフラメンコをまた弾き始めたんです。そうしたら、またフラメンコにハマってしまって。アメリカをベースにして、スペインにたびたび修業に行きました。スペインでは、現地ですすめられた先生に弟子入りする形で修業しました。先生が実際に弾いている横で、見よう見真似で弾かせてもらうという感じ。


フラメンコは
歌から始まった

両親と叔父の影響で、
幼少からギターとフラメンコを始めていた

フラメンコギターは、もちろん使用ギターが良ければいい音が出ますが、良いギターを使っていてもテクニックがないと、ごまかしが利きません。良い音を出す技術が結構難しいわけですよ。フラメンコギターは、ロックとかほかの音楽をやってから入る人も多いんです。そういう方たちは、教本やビデオを観て学ぶのですが、それだけでは、正確な知識や情報が伝わり難いんです。やはり本場に行って、先生の間近で生の音を体感しないと、なかなか難しい。私もわからない所が未だにいっぱいあるので、ずっと勉強・研究を続けています。知れば知るほど、知らないことが増える、フラメンコはそういう奥が深い音楽なんです。
 
元々フラメンコというのはロマの伝統芸能で、ジャズやクラシックのようにメソッドが確立されていません。こう弾いて、こういう風にしなさいというように教えてくれないんです。本場の先生も、ただ弾いて見せるだけ。また、親から子に伝承していくので、仲間に入れてもらえると親切に教えてもらえるんですが、お金を払ってレッスンを受けに行ってもちゃんと教えてくれないんですよ。それでほとんどの人が、大事な所がわからないまま辞めたりする。難しいですね。
 
フラメンコは、踊りから入って来る人がすごく多いですが、元々歌があって、踊りはその歌から発生してきたんですね。スペインのコアなフラメンコファンの人は、フラメンコと言ったら歌。ですが、ちゃんと音楽と歌を勉強しないで踊りを始めちゃう人が多いんです。本来は、踊りも歌もギターも一緒に作っていきます。だから、私はチームワークを大事にしますし、ショーの時も自分のチームで、同じコンセプトを持った人とやらないと、ただの下請けみたいになっちゃいます。そう感じて、スペインから帰ってきて自分でショーをやるようになりました。
 
今まで、ショーをやったりツアーに出たり、CDを制作したり、レコーディングに雇ってもらったり、アップダウンが激しいですけれど、何とかギター一筋でやっています。ツアーでは、フランス、スペイン、モンテカルロ、日本にも行きましたね。最近は、アメリカ国内が多いですけど。


口伝されていく
フラメンコの伝統

スペインの次にフラメンコ人口が多いと言われているのが日本です。アンダルシアのロマ族は、元はインドから来た民族。だからどっちかと言うと東洋系です。でもアメリカ人はフラメンコと言うとラテンだと思っています。確かにラテンの部分はあるけれど、私たち日本人に近いところがありますよね。
 
文化も、例えば民謡でも歌の人がいて、それを三味線が伴奏して合いの手を入れたり、そして、色んな決まり事があるらしいです。フラメンコもそうなんですね。暗黙の了解みたいなものがいっぱいあります。ロマの人たちは、基本的に全部口伝していますから、そういった決まり事は本には出ません。ちゃんと勉強しようとしたら、仲間に入れてもらうしかないんです。僕はなぜか気に入られて、色々教えてもらえたんですが、ほかの外国人が来たら「出て行け!」とか、厳しくて。
 
私がフラメンコギターでポリシーにしているのは、小さなレストランであろうが、ハリウッドボウルであろうが、自分が大切にしている音楽だから、1回、1回、大事に弾くということ。実際ハリウッドボウルで演奏したり、全米放送の番組に出たりすることもありますが、大切なのはそういう部分ではありません。私がやっているのはエンターテインメントではなく、芸術性のある伝統芸能ですから、そういうところを皆さんに理解していただけるとうれしいですね。
 
どんな小さなステージでも、演奏している時はいつでも楽しい。この仕事をやっていて良かったなぁって思うのは、演奏でお客さんに励まされたり、辛い気持ちを忘れて楽しんでもらえたりすること。こういう仕事をやっていると、上手く演奏することや売れることばかり考えて、初心を忘れてしまいます。ショーができるのは、お客さんあってのことですから、この初心をいつまでも忘れないようにしたい。
 
これからの目標は、自分にしか出せない音、自分にしか表現できない音楽を、フラメンコの伝統の中で表現していけたらと思います。この音、この曲が、ホセ田中だっていうようなものを創っていきたいですね。