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アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)

現地情報誌「ライトハウス」が長年に渡り連載してきた人気コラム「アメリカで働く」は、アメリカで働く日本人・日系人、100名以上の皆さんへのインタビュー集。業種も、職種も異なる100名以上の皆さんそれぞれにとっての「アメリカで働く」とは?アメリカでの"キャリア"や"仕事"が見えてきます。

ライトハウス編集部
ライトハウス編集部

警察・消防・救急・セキュリティー(その他専門職)

室伏 厳さん

日々、色々なことが起こる警察官の職務。
小さなことから大きなことまで、何でも相談してほしい。


自動車修理工の仕事を10年以上勤めた後、幼少時からの憧れであった警察官になることを決心。仕事をしながら警察学校へ通い、4年前に念願の警察官になった室伏 厳さん。自身の危険を顧みず、人々の安全を守り、悪を挫く警察官という仕事に、とてもやりがいを感じると言う正義感の塊、室伏さんに、その魅力を聞いた。


【プロフィール】むろふし・げん◉神奈川県で生まれ育ち、10歳で母と2人の弟と渡米。以来サンディエゴ在住。高校卒業後、日本で自動車修理工として働き、1年半後にアメリカに帰国。自動車修理工の勉強をカレッジで受けながら、修理工として働く。その後、警察学校へ進み、卒業。現在、Southwestern Community Collegeで、警察官として勤務

両親の離婚と突然の渡米 治安の悪い環境にショック

日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、10歳まで神奈川で育ちました。両親が離婚したので、母と2人の弟たちと一緒にアメリカに渡り、サンディエゴで暮らし始めました。引っ越し先は、とても治安の悪い所でした。私にとっては新しい国、新しい土地。だから近所の雰囲気が余計怖い。突然の環境の変化に、とてもショックを受けたのを鮮明に覚えています。しかも、日本でまったく英語を習っていなかったので、こちらの学校に馴染むこともできませんでした。

友達もできず、近所は怖かったので、いつも弟たちと家の中で遊んでいました。サンディエゴで英語を第2言語として使うのは、ほとんどがスペイン語圏の人です。学校でもスペイン語を母国語とする子供たちのサポート体制はあっても、日本語が母国語の私に対応できるシステムはありませんでした。母も新しい生活を築くのに精一杯で、私たち子供の学校生活を気にかける余裕はありませんでした。そんな環境の中、14歳でやっと英語で読み書きができるようになり、高校も無事卒業することができました。その後は、当時父の体調が良くなかったので、日本で就職して父と一緒に住むことにしました。


強くてカッコいい警察官は まるでヒーロー

Southwestern Community College の同僚と

自動車が大好きなので、日本では自動車修理工の仕事に就きました。1年半働いて、父の体調もだいぶ良くなりました。それで、この仕事のことをきちんと学ぶために、アメリカに戻ろうと決めました。そして、カレッジに通い、一からきちんと学びました。修理工の仕事をアメリカでも続けながら学校に通ったので、寝る時間もない日が続くこともありました。修理工の資格を取った時には、既に実地経験が7年ほどありました。そこで、修理工の仕事を続けながら、友人と一緒に日本から自動車部品を輸入するビジネスを立ち上げました。

日米を行き来しながら経営を軌道に乗せました。ちょうどその頃、何か新しいことを始めたいという気持ちが湧いてきました。私は自分で言うのも何ですが、正義感が強く、「人を助けたい。問題を解決したい」という気持ちをいつも持っています。また、テレビ番組『COPS』を観て、「アメリカの警察は強くてカッコいいな」と、子供心に思っていました。日本にいた時の私の記憶の中では、日本の警察は交番でのんびり座っているイメージがありました。それに比べてアメリカの警察官は、自ら悪者を探しに行って捕まえて、まるでヒーローのようだと思いました。


とにかく悪者を逮捕したい! 張り切り過ぎて失敗

自分の正義感を活かせ、しかも子供の頃から憧れていた警察官になろうと決心しました。そう決めてからは、自動車部品輸入ビジネスを続けながら警察学校に通いました。1年で卒業し、2007年からSouthwestern Community Collegeで大学内の警察官として勤務し始めました。警察官になって1年ほど経ってから、銃の訓練士の資格を取りました。私の通常の1日は、朝6時にパトカーに必要な物を乗せて、校内外1マイルほどを、パトロールすることから始まります。大学内では、小さなことから大きなことまで、たくさんの事件が起こります。例えば、「携帯を盗まれた」というような窃盗事件から、生命に関わるような大事件が起こることもあります。

大学内は、社会の縮図のようなところがありますので、一般社会で起こるようなことは、大学内でも起こるのです。最近の事件で印象に残っているのは、ある男性が、元恋人の女性を言葉で脅して復縁を迫り、ついにはナイフを持って校内に女性を呼び出そうとした、というものです。女性は危険を感じて我々に助けを求めてきたので、この男性を逮捕することができました。実はこの女性、長期間この男性から、命を脅かすような脅しを電話やメールで受けていました。しかし、どうしたら良いのかわからず、1人で悩み続けていたのです。この事件は、たまたま私が校内パトロールをしている時に異変に気付いたので助けることができました。ですが、何かが起きてからでは遅いのです。自分だけで解決しようとしないで、私たち警察官に相談してください。最悪な事態を未然に防ぐことも私たちの仕事です。

また、校内のルールは、一般社会の法律と異なることがあります。例えば、ナイフを所持して表を歩くのは、カリフォルニア州では合法です。しかし、校内ではそれは違反で、没収となります。このような細かい校内のルールは、意外と学生に知られていないのです。新入生に、ルールが書いてある資料を渡しますが、あまり読まれることはないでしょう。ワークショップなどを行うべきだと思うのですが、今のところはありません。これから、そのような点を改善できたらと思っています。警察官になって最初の1年ほどは、「色々なことを経験したい。とにかく悪者を逮捕したい」という闇雲なやる気でいっぱいでした。

少し張り切り過ぎて、失敗してしまったこともあります。例えばスピード違反をした車を停めて、ドライバーに質問をした時、威圧的になってしまって警察本部にクレームを言われてしまいました。このような場合、威圧的な態度では相手に壁を作らせてしまうので、そういうやり方は間違っていたと反省しました。しかし、違反者相手におっとり柔和な態度を示すのも、警察官として良いことではありません。感情的にならず、毅然とした態度を示すよう努めています。警察官になってからも、学ぶことがたくさんあります。

飲酒運転についての細かい規定や銃の操作方法、テロリストが作る爆弾の仕組みなど、さまざまな知識を身に付けて、いざという時に備えます。例えば、「RCSシステム」という無線を私たち警察官は使用しているのですが、これはとても便利な物です。サンディエゴだけでなくロサンゼルスの警察官とも、ダイヤルを合わせるだけで即座に連絡が取れるのです。この使用方法も、警察官になってから学んだことの一つです。ですが、実際の仕事は9割がペーパーワークで、1割が現場に出動するというのが実情。月に1、2回は、連続36時間働くシフトがあります。もちろん、テレビで見るような事件ばかり追いかけることだけが、私たちの仕事ではありません。それに気付けたことで、警察官としてさらに成長するきっかけとなりました。


何事も将来につながるから 今の仕事を一生懸命に

修理工から警察官への転職に悔いはありませんでした。なぜなら、修理工として働いていると、いつもお客さんの車ばかりで、自分の車をいじる時間があまりなかったから。元々車が好きなのですが、 仕事との境目がなくなっていたことを不満に思っていました。ですから、今は休みの日に思う存分自分の車をいじれるのが楽しいです。

自動車修理工の仕事は、現在の仕事にも多いに役立っています。ほかの警察官では見つけられないような違反改造車を、ひと目で見つけることができます。警察官になりたての頃は、まさか以前の仕事がここで役に立つとは思いませんでした。このようなこともあるので、将来転職したいと思っていても、今の仕事を一生懸命することが、後々活きてくるということを覚えておくべきですね。
 
私の将来の夢、目標は、警察署に勤務して、大きな事件や複雑な事件に関わり、どんどん解決していくことです。そのためにも、今の職場の中でできることをして経験を積み、警察官として新たなスキルも身に付けていきたいと思っています。

(2011年11月1日号掲載)