ランドスケープアーキテクト(その他専門職):松崎竜王さん

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阪神大震災で知ったボランティアの意義
ランドスケープを通して人を癒したい

アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はランドスケープデザイナーの松崎竜王さんをご紹介。阪神大震災で被災してボランティアに目覚め、留学時代にランドスケープを通して人を癒す園芸療法に出会った。現在はランドスケープデザイナーとして活躍する一方、ボランティアにも余念がない。

【プロフィール】まつざき・りゅうおう■1976年生まれ。神戸市出身。高校3年の時に阪神大震災に遭い、福祉に目覚める。95年、留学のため渡米。2004年、California State Polytechnic University, Pomona卒業後、「ima+design」に就職。ランドスケープデザイナーとして活躍する一方、米国園芸療法協会でボランティア活動を続けている。

そもそもアメリカで働くには?

震災が人生を変え、福祉に目覚めた

日系社会における人脈を大切にしたことが、
今の会社にもつながっている。

 私は神戸出身で外国人とのふれあいが多い環境で育ったため、幼いころから外国に行きたいと思っていました。父は産業デザイナーですが、両親とも若い頃にアメリカに短期留学した経験を持ち、デザインが好きだった私にアメリカ留学をすすめてくれました。
 
 阪神大震災に遭ったのは、高校3年の時でした。幸い家族全員無事でしたが、家は全壊したので、しばらく知り合いの家にお世話になりました。学校にも行けないし、知り合いの家でじっとしていても気が滅入るので、近所の中学校でボランティアを始めました。やはり「何かをしたい」という思いがあったのですね。学校に避難された人々のお世話などをしましたが、ボランティアをしたのはそれが初めてでした。
 
 そこでの経験が、私の人生を大きく変えました。被災者が失くした物は、あまりに大きかったのです。彼らが失くしたのは人であり、場所であったりしたわけですが、それらに対する思い出が壊れていったのを目の当たりにして、福祉関係の仕事に就きたいと思うようになりました。アメリカに留学することは震災前から決定していましたが、それまではデザインの勉強をすることしか頭になかったのが、社会学などの勉強をしようとそこで方向転換しました。

東京農大の教授と出会い、やりたいことを見つけた

神輿担ぎのボランティア羅府睦会の清水会長と
©Hiroshi Mochizuki

 高校を卒業してサンフランシスコに留学し、語学学校に行った後、カレッジで社会学を勉強していましたが、同時に取っていた建築の授業を受けるうちに、「空間に安らぎを持たせられたら」と思うようになり、それまで漠然としていた方向性が次第に固まってきました。そんな折、2000年にUCバークレーの研究員として渡米されていた東京農業大学造園学科の鈴木誠教授とたまたまお会いする機会があり、鈴木教授の話をうかがって「自分がやりたいことはランドスケープだった」と気づきました。
 
 ランドスケープはいわゆる造園だけでなく、アパートメントコミュニティーやショッピングセンター、リゾート開発など都市計画的な要素も多くあります。そこで鈴木教授にすすめられたカリフォルニア州立工芸大学ポモナ校(Cal Poly Pomona)に編入し、ランドスケープの勉強を始めました。日本はランドスケープの仕事というと主に公共事業しかないため、アメリカで就職したいと思いました。しかし留学生なので簡単には雇ってもらえないと思い、学生のうちにできることをやっておこうとインターンを始めたのが、今の会社「イマデザイン」です。大学時代の教授と同社のオーナーが知り合いだったので、紹介していただきました。
 
 また学生時代に園芸療法というものに出会いました。園芸療法とは、癒しの空間作りから、植木などを育てることによって自分も癒されるというセラピーで、第2次世界大戦の退役軍人たちの治療目的によって始められたものです。米国園芸療法協会という全米規模の団体があり、そこのメンバーになってボランティア活動を始めました。
 
 同協会は園芸、造園を通してセラピーを行う運動を推進しており、病院やホスピス、高齢者用施設などに園芸療法の認知を広げる活動をしています。このボランティアは今も続けており、現在はカリフォルニア支部で、アドバイザリー・ボードメンバーとして活動しています。

日系社会にできるだけ貢献していきたい

 大学卒業後はそのまま同社に就職し、サンバナディーノにオープンしたサンマニュエルビンゴ&カジノなどのプロジェクトに関わりました。将来的にはランドスケープアーキテクトのライセンスを取得するつもりですが、そのためには2年間の実習が必要なので、今はその資格条件を得るための段階です。同社はディズニーランドホテルやエジソンスタジアムなど大きなプロジェクトを手掛けており、1つ1つの仕事をこなしていくのは大変ですが、その分やりがいがあります。
 
 これからはボランティアの活動も軌道に乗せ、もっと多くのことを学んでいきたいですね。現在、米国園芸療法協会の活動では、虐待された児童が通う学校の造園を手掛けたりしていますが、園芸療法をもっと多くの人に広めていきたいと思っています。
 
 また8年前から続けているボランティアに、神輿担ぎがあります。バークレーにいた時に、サンフランシスコのチェリーブロッサムフェスティバルで担いだのがきっかけで始めたボランティアですが、その時に文化を守って行くことの重要性に気づき、それ以来続けています。今年の2世ウィークでも担ぎました。意外ですが、アメリカに来て日本文化に触れることができたのです。先日のライトハウスの特集(8月1日号『歴史を変えた日系人の戦争』)にもありましたが、私たちが今ここで暮らしていけるのは、先輩の日系人がいてくれたお陰です。
 
 昨年、シアトルで開催された日本庭園の学会でお会いした神戸芸術工科大学の杉本正美教授がおっしゃった言葉「デザインは人のため、ボランティアは自分のため」を座右の銘にして、これからも自分にできることで、日系社会にも貢献していきたいと思っています。
 
(2005年9月1日号掲載)

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