行動療法士(医療・福祉系):隅田麻紀さん

ライトハウス電子版アプリ、始めました

子供たちの成長に何度もうれし涙を流す
日本人らしさで言葉のハンデを補う

アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は行動療法士の隅田麻紀さんを紹介しよう。行動療法士は、自閉症の子供に言葉や動作を教える仕事。隅田さんは障害児教育を学ぶために渡米、行動療法と出会い、その理念や手法に共感。現在は行動療法士の派遣会社に勤め、自閉症の子供たちのもとを回る毎日だ。

【プロフィール】すみた・まき■東京都出身。1976年生まれ。98年に保育士の資格を習得。99年、日本大学文理学部心理学科卒。同年から1年間、ミズーリ州セントルイス市にある虐待された子供向けの小学校でインターンを経験。2004年ミズーリ大学セントルイス校大学院を障害児教育専攻で卒業。行動療法士を派遣するACESに同年就職。

そもそもアメリカで働くには?

虐待経験のある子供たち、手作り玩具で引きつける

良き理解者であるスーパーバイザーの
キンバリーさんと

 外国で働きたいと思うようになったのは、大学1年から2年にかけての春、NGOのスタディーツアーに参加して、タイの農村でホームステイをしたのがきっかけです。電話やテレビもない場所で、村人とはほとんど言葉が通じないのですが、同じことで泣き笑い、心が通じるのがわかった時はすごく感動しました。
 
 卒業後は青年海外協力隊に入りたかったのですが、まず、どこの国に行くにしても欠かせない英語を勉強しようと考えました。現場で働きながら英語を学べる方法を探していたところ、1年間福祉関係のインターンを海外でできるというプログラムを見つけたので申し込みました。派遣先は、ミズーリ州セントルイスにある虐待された子供のための小学校。大学で専攻した心理学を活かせる職場、という希望を出していたので、そこを選んでくれたようです。
 
 小学校では美術の授業を任されました。子供たちと接する仕事をしたかったので、大学4年生の時に保育士の資格を取りましたが、教師の経験はありません。しかも、教える子供たちは行動障害児。毎日、教室では、かんしゃくをおこした子供が奇声を上げたり、物を投げつけたりします。おまけに私は、英語も満足にできません。そこでまず考えついたのは、授業の台本を作ることです。いろいろな場合を想定して、こう言われたらこう言い返すという文章を作り、授業の前にリハーサルをしていました。
 
 しばらくすると、私の授業は他の授業に比べ、子供たちが話を聞いていると校長先生が言ってくれました。私は英語を自由に使いこなせないので、短い言葉でゆっくり話す分、子供たちに指示が伝わりやすかったのでしょう。日本文化を取り入れた工作の授業が珍しく、子供たちの気を引いたのもあると思います。廃材や身の回りのものを使って玩具を作るのが好きなので、卵の殻のお雛様や画用紙のクリスマスツリーなど、授業で子供たちに作り方を教えました。

専攻を変えて大学院へ。寝るのは2日に1度

セラピーの最中。教材はすべて手作りだ

 日本に戻ってから1年半ほどは、日本の障害児教育がどうなっているのか自分の目で確かめたかったので、特殊学級、養護施設や児童館の非常勤職員をやりました。1カ月ほどイギリスで障害児のためのサマーキャンプのボランティアに参加したこともあります。そうするうちに、障害児教育をもっとしっかり学びたいと思うようになり、留学を決心しました。ミズーリ大学セントルイス校の大学院です。前回インターンで1年間住んでいた時に、素晴らしい人たちと巡り会えたので、迷わずに選びました。
 
 大学院の授業は大変でしたね。日本の大学で学んだ専攻とは違いますし、課題も次々と出されます。何よりも英語がまだ十分でないのが苦労のタネです。教授の講義もテープに録り、後で何度も聞いてようやく理解していました。勉強とボランティア活動に追われて、寝るのは2日に1度という生活です。でも、学びたいことを学んでいたので精神的には充実していました。
 
 セントルイスでは、自閉症の子供を持つ日本人の母親とも知り合ったのですが、彼女を通じて行動療法のことを知りました。調べるうちに、これこそ自分のやりたいことだと思いました。
 
 行動療法とは、教えたい行動を細かいステップに分けて1つずつ着実に身につけさせる方法です。子供の好きなお菓子、ほめ言葉などのご褒美をあげて正しい行動を増やし、問題のある行動は無視するか、ほかの正しい行動を教えて消去します。セラピストは子供たちの生活の場に行き、親も巻き込みながら子供1人ひとりのニーズに合ったプログラムを組みます。

引っ越し3日前に、就職先が決まる

 大学院卒業後は、行動療法士として働ける就職先を探しました。ウェブサイトの掲示板で呼びかけ、心当たりのありそうな人にメールを送ってみました。行動療法は南カリフォルニアで盛んなので、就職が決まっても決まらなくてもロサンゼルスに引っ越すことに決めました。結局、今勤める会社に就職が決まったのは出発する3日前です。
 
 今の会社は、サンディエゴに本社がある行動療法士の派遣会社です。勤務先はオレンジ市の事務所ですが、学校や家庭など子供たちの生活の場に直行します。1人の子供に2時間かけ、1日3、4人の治療にあたります。
 
 子供の成長をはっきりと感じられるのはうれしいですね。全然目線を合わせられなかった子供が、カメラに向かって笑顔を見せられるようになる。「バイバイ」を言えない子供に教え続け、半年後初めて「バイバイ」と言えるようになる。お母さんはどっとうれし泣き。一緒に悩んできたから、私ももらい泣きをしてしまいます。
 
 日本人がアメリカで働くとなると、確かに言葉の面でハンデはあるでしょうが、別の面で補えば十分評価されます。私は時間をきちんと守り、正確にデータを取ることを心がけると共に、自ら積極的に教材作りに取り組んできました。おかげで、上司はスーパーバイザー・アシスタントに推薦してくれました。日本人らしさを失う必要はなく、むしろ武器にするべきだと思います。
 
(2005年12月1日号掲載)

「アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)」のコンテンツ