教師(その他専門職):幸子・グンデさん

ライトハウス電子版アプリ、始めました

日本で育った日本人として
子供たちに日本への興味を持たせ続けたい

夢を実現させた人の中から、今回は高校教師の幸子・グンデさんを紹介しよう。大学院生として来日したご主人と知り合い、渡米。子供の手が離れたのをきっかけに教師を目指し、学校区の臨時教員を経て、現在は公立高校の日本語クラス教師として教鞭を執っている。

【プロフィール】さちこ・ぐんで■東京都生まれ。高校卒業後、1970年代に結婚を機に渡米。UCLA卒。言語心理学専攻。CBESTを取得後、98年よりトーランス、パロスバーデス両学校区で臨時教員として勤務。カリフォルニア州の教員養成課程修了。2004年9月より、パロスバーデスペニンシュラ高校で日本語のクラス担任として勤務。

そもそもアメリカで働くには?

自分で始めた英語の勉強 。できることは何でもやる

“Japanese Pop Culture”をテーマにした
プロジェクト作品

 付属高校3年の時にそのまま短大へ進学することに疑問を感じ、その時に勉強しようと思ったのが英語です。英語ができればその後にもつながると考えて自分で勉強し直し、高校卒業後も英語学校に通いました。小さい子や主婦に向けた英語の先生もやっていましたが、UCLAの大学院生で論文を書くために来日していた主人と知り合い、渡米しました。アメリカに来たのはこれが初めてでしたが、もともとアメリカはそんなに遠い存在だと思わなかったですし、主人を始め、アメリカ人にも違和感を感じていませんでした。
 
 1970年代に渡米し、最初はUCLAの近くに住んで大学に通いました。心理言語学が専攻です。勉強は面白かったですね。大学を卒業する年に子供を授かりましたが、大きなお腹を抱えた学生は珍しかったと思います。冬休み前の試験の時は、教授に「子供が生まれてもし試験に来れなくても、後で受けられるようにしてください」と頼みました。産後2週間目にも試験がありましたが、無事パスしました。
 
 子育て中は学校のボランティアやPTAの役員をやり、ガールスカウトのリーダーも数年務めました。子供と親をまとめるのがリーダーである私の役目ですが、どの親も本当に協力的でしたね。アメリカでは、「何かをしてもらったら、何かで還元するのが当たり前」という考え方が基礎にあります。こういったボランティアの精神は、アメリカの方が強いと思いますね。
 
 私は英語力がどうとかあまり気にしないんです。でも気にしないほうがアメリカ社会に溶け込みやすいと思います。自然体で、自分で「やれるかな」と思うことはやる。そうするとなるようになるものです。ガールスカウトのリーダーをやった経験は、今、生徒たちをまとめ、コーディネートするのにすごく役に立っています。

資格取得は長い道のり。「せんせい」の責任は重大

子供たちがどう学んでいくのかを見ていくのも
楽しさの1つだと言う

 80年代にトーランスに移り、子供が大きくなったので、先生をやってみようかなと思い、州の教員検定試験であるCBEST(California Basic Educational Skills Test)を受けました。科目は英語の論文と数学です。受験の時は、対策用の本を買って1週間ほどみっちり勉強しました。
 
 資格取得後、98年から臨時教員としてトーランス学校区で働き始めました。担任の先生が休んだ時のピンチヒッターの先生です。最初、音楽だけやるつもりだったのですが、採用の時に「日本語も教えなさい」と言われ、引き受けたら音楽と日本語のクラスが全部回ってきました。しかも、それ以外の教科をやることもあり、大変でした。体育をやったこともありますよ。朝5時に電話が来て、学校に行くとその日のカリキュラムを渡され、それをバーっと読んで教える内容を把握します。高校で登録しましたが、呼ばれれば小学校にも行ったので、トーランス学校区のほとんどの学校で教えました。
 
 臨時教員として6年間教えた後、急な欠員で3カ月の長期で日本語のクラスを受け持つことになりました。単発の授業とは違い、子供の成長が見えて面白いなあと思っていた頃、学校区から「フルタイムのポジションがあるからやらないか」と言われたのです。1年間教えたらきっともっと面白いと思い、資格取得のための試験を受け始めました。
 
 それからが本当に大変でした。教科が大学の専攻と異なる場合、CSET(California Subject Educational for Teachers)という試験を受けなければなりません。試験は5時間ぐらいあり、論文、リスニング、会話能力を問われます。また、アメリカ憲法試験に合格し、大学院で教員資格のための科目を取って良い成績を修める必要があります。私は私立大学の大学院の教員養成課程に通いました。
 
 今、クラスを持って2年目ですが、楽しいですよ。長く教えると効果が見えます。でも、先生が舵を取り違うと子供も間違った岸に行ってしまいますから責任は重大です。今は全5クラス、150人ぐらいの生徒を受け持ち、8年生から12年生まで教えています。クラスでは日本語で「グンデせんせい」と呼ばれています。

授業はできるだけ楽しく 。教師はやりがいがある

 私自身、日本人だということを特に意識してはいませんが、日本で生まれ育った日本人として文化を伝えたいと思っています。会話の中に出てくる言葉のニュアンスとか時代の流れとかを理解するのは、こちらで育った子供たちにとって難しいと思います。だから、できるだけ楽しく教えようと心がけていて、漢字カードを使ったチーム対抗カルタゲームや、日本のポップカルチャーについてのプロジェクトを出したりします。子供たちの発想はとっても面白い。皆、日本語を流暢に話せるわけではないのですが、習った言葉を使って面白いことを言おうとします。また、アニメへの興味が強くて、アニメで言葉を覚えることも多いようです。
 
 教師の資格を取るのは思ったよりずっと大変で、時間もお金もかかります。でも、本気でやる気があればやりがいがあります。子供たちには、日本への興味を持たせ続けたい。高校で面白かったな、という記憶があれば、きっと日本への関心をなくさないでくれると思います。
 
(2005年12月16日号掲載)

「アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)」のコンテンツ