円安で「買い負け」が続く日本

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2025年4月号掲載)

冷泉コラム_買い負け

北海道ニセコ町や長野県白馬村などでは海外資本の流入で地価が急騰。住民に影響が出ている。

不動産、ラーメン、雑貨…
生活に影響を及ぼす買い負け

昭和の時代以来、日本では円高は悪、円安は善という考え方が続いていた。まず、日本が貿易立国をうたい、自動車や電子製品などを大量に輸出していた時代には、円安の方が利益が拡大するので好都合だった。やがて現地生産が進んで輸出の際の円安効果は薄れたが、依然として海外法人が生み出した利益は円安だと膨張して見えるので歓迎されてきた。
 
けれども、現在は状況が異なる。これまで述べてきた円安のメリットとは反対に、円安のデメリットが顕著になってきている。具体的には「買い負け」という現象だ。通貨が弱くなると、世界の中で国の購買力が弱くなる。そのことで起きるデメリットが無視できなくなった。以前から言われていたのは、建築資材、エネルギー、食糧などの輸入品の問題で、どうしても輸入に頼らざるを得ない中で、円安による価格高騰がそのまま物価高となって日本社会を苦しめている。
 
最近問題になっているのは不動産で、東京のタワーマンション(タワマン)のバブル化が目立っていたが、ここへ来て全国の主要都市でもタワマンが高騰し、平均的な家庭では手が届かなくなってきている。原因は、海外から日本の不動産への投資が加速しているからだ。特に中国では不動産バブルが崩壊して価格の戻りが期待できない中で、自分の資産に日本の物件を組み入れてリスク分散を図る富裕層が多くなっている。この問題はまさに「買い負け」であり、日本に建築されるタワマンに日本人が住めないのであれば本末転倒だ。
 
非常に残念なのは「クールジャパン」というキャッチフレーズで世界に発信した日本文化の価値が、日本における「買い負け」を引き起こしているという問題だ。食文化や生活雑貨、文房具など日本独特の優秀な品質が、世界で認められるのは誇らしいし、日本経済にも寄与する動きだ。けれども、ラーメンからコメ、調理器具に家電など日本の商品の良さが「世界にもバレてしまう」ことで、価格が上昇する現象が見られる。結果的に、ラーメン一杯が2000円超え、5キロ入りのコメが5000円などという異常な状況が現実のものとなり、日本の消費者からは「自分たちが排除されていく」という声が出ている。個人的には『COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン』というテレビ番組の制作に長年関与していたので、複雑な心境でもある。

海外からは魅力的
狙われる日本の企業

現在、深刻なのが、日本企業が買われるという問題だ。例えば、超大手の自動車会社、あるいは日本最大級の流通企業などが海外の企業に買収されそうになって話題を呼んでいる。自動車会社の場合は電気自動車の開発を狙う電子機器製造メーカーが触手を伸ばしてきているし、流通の場合は保有している北米のチェーンを買うのが主目的のようだ。この2社の場合は、それぞれに経営上の問題を抱えており、そのために株価が低迷したところに円安も重なって、海外勢には「買いやすく」なっていると言える。同様の理由で、多くの日本企業が狙われており、中には経営陣が銀行から資金を借りて株を買い戻すなどして買収の阻止に成功したケースもある。けれども、結果的に日本経済の大事な部分を担ってきた企業が海外勢の手に渡るとなれば、これもまた「買い負け」の一種と言える。
 
だが、円安を阻止するのは簡単ではない。金利を上げれば円高に持って行くのは可能だが、金利高はそのまま国の借金である国債の支払金利アップにつながり、政府がもたなくなる。そんな中で、現在のアメリカ政府は「円高を希望する」と表明しており、今は140円台に戻る中で「一息つける」状態になっている。この間に、日本経済の弱点を補強して、円の価値を守るための改革を進める必要がある。改めて円安が暴走するようだと、さらなる「買い負け」が日本人を苦しめることになるし、そうした状況は避けなくてはならない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・カリフォルニア版 2025年4月号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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