
(2025年7月号掲載)
日本では、昨年より米の価格が高騰し、併せて米の転売も問題になっている。
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バランスを欠く日本の需要と供給
日本ではイベントチケットや電子機器の新製品について、必要もないのに仕入れて高値で「転売」する「転売ヤー」が横行している。また、その「転売ヤー」に対する社会的な批判は厳しいものがあり、転売を禁止する措置が導入されている。
けれども古典的な経済学の立場からすると、商品の需要があればそこにカネを払う用意が生まれる。また、供給側は需要に見合った価格でできるだけ高く売ろうとする。そこに自由な競争が生まれれば、自然に価格が形成されていくはずだ。需要が多ければイベントは回数が増え、モノは増産されていく。いずれにしても、需要と供給と価格は自然にバランスが取れるはずだ。
例えば、アメリカの場合はスポーツや音楽のチケットに関しては、ダイナミック・プライシングといって需要と供給を反映した弾力的な価格設定のシステムがある。また、多くの場合に再販売は認められている。商品の場合は、オークションサイトに持ち込めば、自由な価格で再販売が可能だし、中にはビジネスとして転売をする人もあるが、社会的には許されている。そんなアメリカから見ると、日本で転売行為がここまで憎まれ、取り締まられているのは不思議に見える。一体そこにはどんな背景があるのだろうか?
一つには市場が縮小しつつあるという問題がある。例えば、猛暑の中である「コンビニアイス」の新製品が大ブームになったとする。常識的には増産して一気にシェアを取りにいくレベルでも、日本の場合は一定量で生産を打ち切ることが多い。理由は簡単で、生産ラインを増設しても将来的には人口が減るので、生産力の拡大ができないからだ。高級デジカメやガンプラ(機動戦士ガンダムのプラモデル)なども、人気化した場合でもよほどのことがない限り増産はされない。
バンドやアイドルグループのライブの場合も、興行の回数には制約がある。何よりも、大規模なスタジアムやアリーナの絶対数が足りないし、実施する場合には交通機関や宿泊施設との調整が必要だったり、警備体制が大変だったり、手間と経費がかかるからだ。
消費だけはこれまで通りでいたいという本音
二つ目は、価格に対する厳しい目がある。プラモデルやゲーム機などの場合、昔からのファンがブランドに対して強い忠誠心を持っているが、値上げに対する態度は厳しい。下手に上げようものなら「炎上」するような圧力がある。スマホやウイスキーなどは世界市場でほぼ統一した価格が形成されているが、日本の場合、多くの「昔の価格イメージ」が強く残る商品において、値上げは最小限に抑えられている。
また、アイドルグループなどの場合、日本ではライブやツアーで稼ぐのではなく、広範な人気を維持した上でCMで稼ぐビジネスモデルになっている。そのため、平均的な購買層から見て「手の出ない」ような値段でライブを行って親近感が損なわれれば、CMタレントとしての価値が傷付く。また、J-POPのアーティストにしても日本の場合はファンが全階層にわたっており、大衆イメージを壊すことは許されていない。したがって、ライブのチケットをプラチナ化する選択はない。
三つ目としては、「転売ヤー」が介在することで、店頭が混乱したり、幅広く欠品が起きて、必要としている人に品物が行き渡らなくなることへの批判が大きい。特に内外価格差を利用して転売益を得たり、人気イベントのチケットを買い占めるような行為には「炎上」とも言えるような非難が浴びせられる。払った代金から転売ヤーに中抜きされることへの怒りもある。
日本の場合、人口減や経済の縮小という現象の下で、経済学の理論が当てはまらない特殊なダイナミズムでモノの値段が決まっているようだ。簡単に言えば、格差が広がる中で、何とか工夫して消費行動だけは「一億総中流」の名残りを守っていこうとしているのだとも言える。「転売ヤー」が憎まれるのは、この努力に歯向かっているからかもしれない。
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