トランプ政治の原点はアメリカ保守の歴史にある

ライトハウス電子版アプリ、始めました

冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2025年5月号掲載)

冷泉コラム(アメリカ保守の歴史)

4月、トランプ大統領は、相互関税で報復措置を取らない国に対し、90日間措置を停止と発表した。

保守派にとって重要な
小さな政府論

第2次政権が発足して以来、トランプ大統領の打ち出している政策はどれも分かりにくい。一見すると誰もトクをしないように見えるし、過去の大統領の誰とも違う姿勢のように思える。けれども、アメリカの長い歴史を振り返ってみると、現在のトランプ政治の原点となる考え方を見つけることができる。トランプ氏の政治姿勢は決して突然変異的に現れたのではなく、アメリカ保守の伝統の延長として考えれば、理解を進めることはできる。
 
まず、政府機関や補助金、人員の大幅カットについては、これは「小さな政府論」を極端に進めていると考えられる。「小さな政府論」とは長いアメリカの歴史の中で、特に保守派にとっては最も重要な考え方とされてきた。そのルーツは、イギリス国王の徴税権への反発を契機として戦われた独立戦争にある。とにかく、税金をできるだけ安くするために政府を簡素化するという思想だ。その代わりに、社会的な相互扶助については民間の自主的な活動に委ねるという考えも伴っている。
 
これに対して民主党の立場は、福祉にしても公共投資にしても、政府の活動を拡大して理想社会を築くという「大きな政府論」だ。この両者は、例えば医療保険の義務化にしても、橋や鉄道などのインフラ整備にしても常に論争を続けてきた。今回の政府に対するリストラは、極端ではあるが歴史的な対立軸の延長という見方はできる。
 
次いで、ウクライナ支援を止めたり、同盟関係を見直すという外交方針だが、これは「孤立主義」の現れであり、こちらもアメリカ保守にとっては伝統的な態度といえる。そのルーツは、1823年の「モンロー宣言」だが、具体的には20世紀の100年間を通じて共和党が取ってきた外交方針が典型だ。1914年、第一次大戦が勃発したが、当初は共和党が参戦に強く反対した。最終的に民主党のウィルソン大統領が主導してアメリカは参戦し、連合国が勝利したが、戦後処理の一環として設立された国際連盟には、共和党の反対によりアメリカは加盟できなかった。
 
第二次大戦も似たような経過を辿った。ナチスドイツがパリを陥落させて、ロンドン空襲を強めても、共和党の反対によりアメリカは中立を守った。最後に日本による真珠湾攻撃があって、ようやくアメリカは参戦したのだった。その後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソマリア内戦介入、コソボ紛争などは全て民主党政権が始めた戦争であり、共和党は反対していた。普通、保守主義というと戦争を好むようなイメージがあるが、アメリカの場合は逆であり、欧州をはじめとした世界のトラブルに巻き込まれるのはイヤという考え方が強い。現政権の外交政策には、この「孤立主義」が強く反映している。

保護主義に現れる
過去の民主党の影響

一方で、共和党の伝統には自由経済推進という姿勢があった。つまり北部の実業家などが支持の母体であり、税金を下げて経済活動を活発にするというものであった。貿易に関しても自由が原則だった。これに対して民主党は労働組合に支えられていて、国内産業を守るためには保護貿易、つまり輸入品に高い関税をかけることを求めていた。この点については、現状は完全に逆転してしまっている。国内の製造業を復活させるために、関税を武器に世界各国と競う姿勢というのは、そもそもは民主党の政策だったのだ。
 
民主党の変化は90年代のクリントン時代に進んだ。グローバル経済が一体化する中で、アメリカは金融とテクノロジーの競争力を強めた。民主党は、このグローバル経済と国際協調主義を結びつけ、そこに多様性を重視する思想を重ねていった。そして、気が付くと知的な産業以外は国外に流出させてしまい、国内の製造業や労働者は置き去りにされた。そう考えると、現在の事態を招いた原因は民主党の側にもあると言えるのかもしれない。いずれにしても、今回のアメリカの「変化」が一時的なもので終わるのか、あるいは成功するのか、失敗となるのかは大きな歴史の転換点になる可能性がある。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・カリフォルニア版 2025年5月号」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

「冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点」のコンテンツ