
(2025年11月号掲載)
貨物の輸送から発達したアメリカの鉄道
アムトラックの旅を紹介した『大陸縦断 鉄道の旅』特集はこちら。
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本誌の創業者、込山洋一氏は惜しくもこの世を去ったが、私にとって彼との最大の思い出はアメリカの「アムトラック特急」に乗っての鉄道旅行について語り合ったことだ。込山氏の笑顔には、日本人特有の鉄道への愛着と、第二の故郷アメリカの広大な大陸への愛着が合わさっていた。その感覚に深く共感させられたのを覚えている。
この「アムトラック」だが、まずその歴史が日本とは正反対である。日本の鉄道は官営から始まり、戦後は国有鉄道となった。だが、ストライキの頻発と赤字経営を断ち切るために1987年に分割民営化されてJR各社となっている。アメリカの場合は、19世紀に全国各地に「鉄道王」と呼ばれる起業家が鉄道網を作って開拓を後押しした。20世紀の前半も戦争特需もあり、民営の鉄道はアメリカ経済の花形であった。だが、1950年代を境に自動車と航空機に押されて、一気に鉄道は没落。貨物事業を残して多くの線区が廃止された。
しかしながら、広大なアメリカ大陸の主要都市を結ぶ旅客鉄道網は無くすわけにはいかない。そこで1971年に事実上の国営となる「アムトラック公社」が設立されて長距離特急網を維持することとなり、現在に至っている。この「アムトラック特急」を理解するには、この歴史が大切である。20世紀後半の鉄道衰退期を経ても、貨物だけは生き残った。貨物鉄道は、むしろ広大な大陸におけるコストの安い長距離輸送手段として繁栄しており、例えば近年でも企業規模を拡大しつつあるユニオン・パシフィック(UP)社などは超優良企業である。このため、全国の鉄道網は、一部の例外を除いて全て貨物鉄道会社が所有し管理している。
したがって、ほとんどの線区は「非電化」である。新幹線や近郊通勤路線など「電車大国」の日本から来ると驚かされるが、アメリカの場合は貨物列車も「アムトラック特急」も多くの場合、ディーゼル機関車が牽引している。これは、アメリカの技術が遅れているからではない。貨物列車は、巨大な船舶用のコンテナを二重に積んで走るスタイルが主流のため、線路の上に架線を張ることができないからだ。ちなみに、ディーゼル機関車には厳しい環境基準が適用されており、燃料効率も優れたものが使用されている。
さらに、「アムトラック特急」では、残念ながら日本のような定時運転は期待できない。アメリカは時間にルーズだからという議論もあるが、これは少し違う。実際は、鉄道の線路を貨物鉄道が保有しているからで、運転にあたっては貨物が優先されるからだ。例えばカナダの貨物鉄道の線路がアメリカ国内に延びていたり、貨物の鉄道路線網は入り組んでいるのだが、それが平面交差する場合がある。そこを100両を超える貨物列車が通る場合は特急は待たねばならないのだ。
趣のある旅が楽しめるアムトラック特急
こうした制約を除けば、「アムトラック特急」の旅は快適そのものである。長距離の場合は個室寝台があり、家族向けの定員4名の部屋などもある。個室寝台のチケットには食事が含まれており、食堂車でコースメニューが提供される。食堂車は基本相席であり、偶然同席となった人々との会話も旅情の一つとなる。
路線については、シカゴが全体の拠点となっており、シカゴ発で西海岸や東海岸各地に向けて多くの長距離特急が走っている。だが、絶景ということでは何と言っても太平洋岸を南北に走る「コースト・スターライト」号がお勧めだ。込山氏が愛したのもこの列車である。南行きもいいが北行きの場合は、LAを朝出発するとサンフランシスコで夜を迎え、早朝にオレゴンに入る手前からカスケード山脈の荘厳な山々が数時間ごとに入れ替わりで車窓を圧倒する。展望車では車掌さんが歴史と自然の解説をしてくれるのも楽しい。終着はシアトルで34時間の旅となることから、商用などには全く向かないが、観光列車と考えれば素晴らしい体験となるだろう。
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