訪日外国人増で揺れる日本の宿泊業界

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

日本の民泊規制緩和が進んだ背景

宿泊業界

2016年に日本政府は「2020年には訪日外国人を4000万人に」という目標をブチ上げた。この時には「4000万」という数字は強気過ぎて非現実的という声が多かったが、その16年には、結局1年間で2400万人の大台を超えている。さらに、今年、17年に入っても増加は止まらず、通年では2700万人を突破する勢いだ。
 
その内訳だが、日本政府観光局(JNTO)の推計によれば、16年の1位は中国で約637万人、2位韓国、3位台湾、4位香港などアジア圏からの来日が多く、全部で2000万人となっている。一方で米国が124万人、豪州が44万人、英国29万人、カナダ27万人、フランス25万人など、欧米やオセアニアからの来日者数も前年比20%の勢いで伸びている。
 
その結果、成田や関空では入国審査のブースが大行列になるとか、空港連絡のバスや鉄道で慢性的な混雑が起きるなどの現象が見られるが、何と言っても影響が大きいのが宿泊業界だ。
 
まず主要観光都市では圧倒的な供給不足の問題がある。だが、この問題は、意外な形で解決が進みそうだ。日本では原則的に禁止されていた「民泊」を始める人が増え、巨大な需要を吸収しつつあるのである。結果的に、政府はこの「民泊」に関する規制緩和に踏み切ったが、これは自由化して経済を活性化させようなどというものではなく、民泊がなければ極端な供給不足に陥ることから、現実を受け入れるしかなかったということだろう。

外国人には使いづらい日本特有の宿泊施設

では、そこまで大きな需要があるのなら、もっとホテルや旅館が増えても良さそうだ。もちろん、こうした宿泊業への投資はブームになっている。だが、2400万、2700万と加速度的に需要が増えている割には、客室数の増加は追いついていない。特に足りないのがビジネスホテルのツインルームだ。
 
地価が高い一方で、耐震建築が要求されて建設コストの高い日本では、本格的なシティホテルの料金を低く抑えることが難しい。そこでいわゆるビジネスホテルに人気が集中しているのだが、ここに問題がある。ビジネスホテルというのは、その名の通り出張ビジネス客をターゲットとした「宿泊特化型」の施設であり、シングルルームが圧倒的だ。そして、日本のシングルルームというのは、10平米前後と極めて狭く、カップルや家族には向かない。そもそも消防法の規制で1部屋には1人しか泊まれないケースがほとんどだ。
 
そこで、訪日外国人向けには「ビジネスホテルのツインルーム」というのが人気であり、現在の東京ではこうしたツインルームを数多く設置した高級なビジネスホテルというのが、確かに次々と開業している。欧米系だけでなく、中国圏からの旅行者も家族単位あるいはカップル単位での来日というのが圧倒的であり、このカテゴリはまさにそのニーズに応えたものだ。
 
だが、ニーズがあるからといって、ツインルームの室数を思い切り拡大するのはビジネスとしてリスクを伴う。訪日ブームが去った場合に、単身の利用が主である国内のビジネスニーズに対応するには広過ぎてコストが高過ぎるからだ。そこで需要に見合うだけの供給は難しいということになる。
 
そんな中で日本政府は、全国の日本旅館に外国人の受け入れを要請している。こうした旅館の場合は「料理が主要な売り物」だとして一泊二食付きの料金システムが主流だ。だが、さまざまな嗜好や宗教を持った訪日外国人に懐石料理を出しても喜ばれない。そこで、旅館にも「宿泊のみ」の対応を拡大し、全国の観光地に各国料理のレストランを展開するというのが政府の構想だが、業界の理解は得られていないのが現状だ。
 
試行錯誤が続く背景には、日本の観光業界が今ひとつ訪日外国人の持っている価値観や嗜好を理解していないという問題が感じられる。いずれにしても、「3000万」とか「4000万」という数が数年後に迫っている中で、日本の宿泊業界は大きな変化に直面している。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2017年11月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2017年11月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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