「バター不足」の背景にある日本の農業全体の深刻な問題

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

バターが不足の原因は酪農農家の高齢化と…

バター不足

バターが品薄となってしまい、隙間も目立つスーパーの陳列棚

日本全国の食料品スーパーで今、「バター」が不足している。棚が空の場合が多いし、仮にあっても「お一人様一本限り」という制限があることが多い。
 
似たような現象は、実は10年前にもあった。そのときは「デジタル家電ブーム」などで日本の景気は比較的良かったので、食品に関して言えば「ワインブーム」が起きていた。ワインには「チーズ」というわけで、一気にチーズの生産量が拡大されたのだった。その結果、バターと牛乳が不足したというわけである。
 
だが、今回は違う。アベノミクスにもかかわらず、景気と消費はまだ勢いが出ない中、「ワインとチーズ」がブームになるような風潮はない。では、どうしてそんな中でバターが不足しているのだろうか?
 
そこには極めて深刻な理由がある。日本の酪農家が激減しているのだ。特に酪農の本拠地である北海道で離農する人が増えている。例えば、私は毎年冬の北海道を取材しているのだが、函館線や室蘭線にしても、根室線にしても、最近は鉄道沿線に離農した農園の廃墟が目立つようになっている。大きなサイロや牧舎が使用されることなく朽ちているのだ。ちなみに、スタジオ・ジブリの映画『思い出のマーニー』でも釧路地方の廃墟となったサイロが物語の重要な舞台になっている。
 
どうして酪農家の離農が増えているのか?一つには農家の高齢化が進む中で、後継者が不足していることが挙げられる。もう一つは、牛乳の価格が安く抑えられたままだということもある。日本では歴史的に牛乳はスーパーの「値引きの目玉商品」にされることになっていて、デフレ経済が進行する中でどんどん安くなっていっている。そんな中、アベノミクスの円安のために輸入飼料は高騰している。
 
こうした厳しい要因のために、多くの乳牛飼育業者が離農しているのだ。それでも、牛乳は学校給食などがあるし、スーパーのセール品として確保しなくてはならない。バターも生産されるが、それが菓子や製パンメーカーなどの材料として供給されると、一般消費市場に回す分は残らないのだ。
 
そんな状況では、アメリカから安い乳製品を輸入すればいいのだが、これも規制があって自由にはできない。そうした一連の現象の結果、スーパーからバターが消えているのである。

TPPを受け入れることが問題解決の一つのカギ

一番の問題は、農業への規制が厳しいこと。厳しい規制があるために、農業の大規模化ができないのだ。その結果として、農業だけでは生活できないので、兼業農家が増える。酪農家も零細なままだ。そうした中で、値段は上げられない一方で飼料や燃料のコストは上がる、そして従事者はどんどん高齢化し、後継者はいない、これでは日本の農業は崩壊してしまう。今回の「バター不足」は、乳製品だけでなく、日本の農業全体の問題を示しているのだ。
 
一方で、日本の農業はTPP(環太平洋自由貿易構想)のプレッシャーを強く受ける中で、多くの農家と農協がこのTPPに強硬に反対している。だが、TPPに反対するばかりでは何の未来もない。こうした農業製品に関して関税を廃止する方向が示されているTPPを受け入れることで、日本の農業は国際競争力をつけなくてはならないところに追い込まれるだろう。そこで初めて、従来は規制によって実現不可能であった「大規模化」が現実のものとなる。そうすれば、北海道など大規模農業、大規模酪農業に適した地域の農業は再生が可能だし、大規模化で収益が確保できるようになれば、若い世代が後継者として入って来るようになるだろう。
 
だが、この1月11日に行われた佐賀県知事選挙では、保守分裂の結果、農業改革に反対して零細な兼業農家と農協の利益を守ろうとする側の候補が当選してしまった。日本の農業改革は待ったなしであり、このまま放置して後継者のないまま兼業農家が高齢化すれば産業全体が死滅してしまう。バター不足はそんな恐ろしい未来図を警告しているのだ。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2015年2月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2015年2月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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