日本の「人気者引きずり下ろし」はいつまで続くのか?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

人気者引きずり下ろしの背景にあるもの

人気者

ここ数年、日本では「人気者の引きずり下ろし」という現象が続いている。人気の高い芸能人や、社会的に評価のある人物に「スキャンダル」が報じられると、猛烈な勢いでバッシング報道が始まり、再起不能になるまで叩かれる、そんな現象だ。
 
もちろん、スキャンダル報道は昔からあったし、スキャンダルによって人気を失ったり、その結果として仕事を失う有名人もあった。だが、現在続いている「引きずり下ろし」とでも言える現象は、どう考えても異常に思える。
 
原因としてはさまざまな要素があるが、1つはネットによる世論の拡大ということがあるだろう。90年代までであれば、仮にスキャンダルが出ても、メディア産業が全体として「その人物は擁護しよう」と「抑えに」かかれば「鎮火」することもできた。だが、現在ではネット、とりわけSNSで世論が「炎上」してしまうと、誰にも止められない。その結果として「完全に引きずり下ろす」ところまで行ってしまうのだ。
 
2つ目には、そもそも「人気が特定の人物に集中してしまう」という現象がある。TV番組や広告におけるタレントの起用において、現在は「安全な人選」を各局・各社が「横並び」ですることが多くなった。背景には、経済が低迷する中で「冒険ができない」ということがあるのだが、その結果として「CM10本」などと特定の人物に人気が集中する。その人物にスキャンダルが出ると、話題性も高くなるというわけだ。
 
3つ目には、放送局や広告主が「抗議」に弱いということがある。70年代の昔のように「有害番組」だとしてPTAなどから抗議が来ても「面白ければいい」のだとしてプロデューサーが「居直る」ようなことは、現代では許されなくなっている。その結果として、少しでもスキャンダルが出ると、「顔も見たくない」とか「どうして出演させるのか」といった「抗議」に左右されてしまって、出演者を「降ろす」ということになるのだ。
 
4つ目としては、これが一番問題なのだが、そもそも「高い評価や好感度」を誇っていた人に「意外なスキャンダル」が出ると、「人気の絶頂から一気に奈落の底まで突き落とす」という「落差のドラマ」が発生するということだ。その落差の激しいドラマは、どんなフィクションもノンフィクションも持っていない強い刺激をもたらす。不謹慎な言い方になるが、今の日本の社会は、その「落差という刺激」を追い求めてしまうのだろう。

落差の刺激に現実逃避を求める日本人

例えば、タレントのベッキーさんの場合は「ハーフなのに低姿勢で清純派」という(私には外見で判断する一種の人種差別に見えるが、それはさておき)「高評価」があったのが、それが「不謹慎なまでに肉食」だという落差がまずあり、そして人気の頂点から仕事がゼロになるところまで「引きずり下ろす」という「落差の刺激」を提供してしまったということになる。
 
作家の乙武洋匡氏の場合も、身体障がい者としてオピニオン・リーダーとなった「聖人君子」のイメージと、不倫を繰り返していたという「落差」、そして政治家を目指していた地位から、一切の社会的活動を自粛へ追い込まれたという「落差」が話題を提供したというわけだ。
 
こうした「人気者の引きずり下ろし」現象だが、どう考えても「行き過ぎ」であるように思える。ネットの世論にしても、他に議論すべきことはいくらでもあるはずだ。例えば、日本の社会は、年功序列にしても、男尊女卑にしても、あるいは「国際化に背を向けた内向き志向」にしても、「過去の遺産」を「引きずり下ろして」改革をしていかなくてはならない。そのような改革には「痛み」が伴うが、その改革をしなくては全体が大きく衰退してしまう、そんな岐路に立っているとも言える。
 
そんな中で、人気者が「転落する落差」に刺激を求めているというのは、どう考えても逃避ではないだろうか。行き過ぎた「引きずり下ろし」現象は沈静化してゆくことを望みたい。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

 

(2016年5月1日号掲載)
 
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2016年5月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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