ライトハウス
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ライトハウスの特集

アメリカでの教育・進学、ビザ・法律、市民権・永住権、観光・レジャー、求人・仕事、グルメ・レストランなど、現地情報誌「ライトハウス」の過去の特集をご紹介。

戦後の新時代を築いた
団塊世代の生き方(2)

Lighthouse編集部

戦後の貧しい日本に生まれ、ベビーブーマーとして常に厳しい競争にさらされてきた団塊の世代。日本では還暦や退職など、人生の節目を迎えている彼らだが、今、何を思い、これからの人生をどう考えているだろうか。


今も昔も、好奇心の塊
やり尽くしたと思える人生にしたい
[ 吉見愛子さん ](きちみあいこ)

1949年、東京生まれ。幼い頃から読書が好きで、小
中学校では生徒会活動に熱心に取り組む。高校で
は軽音楽サークルでギターを担当、学外では全日本
学生航空連盟に所属し、多摩川周辺をグライダーで
飛んでいた。早稲田大学では、自動車部とオートバイ
部に所属。大手自動車メーカーのスポンサーで、世界
約60カ国を走破し、日本女性初の海外ツーリングとし
て、パナマからロサンゼルスを4カ月かけて単独縦断。
結婚後、78年に渡米。現在は茶道、書道、着付け、
詩吟、漢詩、琵琶、講談など、日本の伝統文化継
承に尽力している。

幼少期〜大学生時代
◎まず行動ありき


母の読み聞かせに飽き足らず、本を読みたい一心から、2歳で文字を覚えました。幼稚園は、毎日同じお遊戯をするのが退屈で、すぐに登園拒否。その後は、ピアノ、お絵描き、習字などの稽古事のほか、家で読書三昧の日々でした。小学校では、ベビーブーマー世代で教室が足りないため、図書室を教室として使っていましたが、小3の時にこの教室に当たり、とてもハッピーでした。

私たちの世代は常に大人数の競争でしたから、良い成績を取るために努力するのは当然のこと。私も中学受験に向けて、小3から毎週大手進学塾の模試を受けに行きました。夜遅くまで1学年先の勉強をしていましたが、ハードな生活で身体を壊し、受験を断念。しかし、密なスケジュールの中でも何とか読書やクラブの時間を確保しようと、集中力が身に付いたと思います。

中学時代は、テレビ番組『兼高かおる世界の旅』の兼高さんに憧れていました。大学に入って、ようやく受験勉強から解放され、人生本当の学びに突入。大学では自動車部に所属していたので車の旅をしたいと思い、スポンサーを付けるべく、企画書を片手に自動車会社や航空会社など、片っ端から当たりました。その甲斐あって、トヨタを始め30社ほどの協賛を得て、大学3年の時、女子4人でシルクロード南路(インドからトルコ)2万キロを走破。4年の時は、ホンダのバイクで中米を単独縦断。5年生で、ダイハツのバンをキャンピングカーに改造してもらい、東アフリカ単独ドライブ4カ月。婚約後に南米を縦断。結婚後はサハラ砂漠を横断し、東欧を回りました。両親や夫の理解と協力に、心から感謝しています。


渡米期
◎日本文化と心を伝えたい


海外に出ると、自分がどれだけ日本を知らないかを思い知らされます。そこで、子育てが一段落してからは意識的に、日本の伝統文化を学びました。幸い立派な先生ばかりに恵まれました。その恩返しとして私にできることは、教えを次の世代に伝えていくことだと思っています。

現在は、茶道と着付けのクラスを持っていますが、単にノウハウだけを教えるのではなく、言葉と所作でどう表現するか、また詩し いかかんげん歌管絃に込められた日本民族の思い、遊び心の楽しさをも伝えたい。また、講談師・吉見愛鶴としては、創作講談を通じて、先人たちの精神レベルの高さを語っていきたいと思っています。

若い頃から命の保証のない旅に出ることで、いつも「死」を念頭に置いていました。臨終の時に「やるべきことはやった」と思えるよう、毎日を過ごしています。


パナマからLAを単独縦断した際、道中のグア
テマラで撮った写真。背後には、中央アメリカで
最も美しいと言われるアティトゥラン湖が広がる

未来とメッセージ
◎たくさんの疑問を持つこと


何といっても、一番大切なのは家族。いつも笑顔で声をかけ、家の空気を安心感で満たすのが、妻として、母としての役目だと思っています。いつも笑顔でいるには、私自身が心底ハッピーだと感じていなければなりません。

夫とはたくさん話をします。色んなことで互いの好奇心を刺激し合っていますが、相手の話の中に知らない単語が出てくると、けっこうムキになって調べたりもします。単身渡米している方は、どうぞご家族に近況を知らせてあげてください。
 
若い方には、ジャンルを問わず、幅広い体験をおすすめします。渡米後、数年間は経済的に苦しかったけれど、今思えば、実に良い体験をさせていただきました。ウェイトレスをしたからサーバーの気持ちがわかり、ナーシングホームで働いたから介護の大変さを理解できるのです。また、合気道や空手のお陰で、殴られる者の痛みがわかりました。どんな境遇でも、それぞれの立場から学ぶことはたくさんあります。「貧しい」「つらい」と落ち込んでいる方は、「この状況から、何を学ぶべきなのか」を、考えていただきたい。

もう1つ申し上げたいのは「自分の頭で考えること」。人の言うことを鵜呑みにしてはいけません。考えても調べてもわからないことは、「?」のままじっと待っていましょう。必ず答えは見つかります。長年の疑問が解けた時のうれしさは格別です。


夢を思い描くことができれば
未来はきっと実現できる
[ 横田正義さん ](よこたまさよし)

1951年、栃木県生まれ。明治大学在学中は落語
研究会に所属。三宅裕司、立川志の輔らと交友を
深めながら、アルバイトをして旅費を貯め、北海道か
ら九州まで、老人ホームを回って落語とちゃんばらコ
ントを披露した。卒業後、小僧寿しのフランチャイズ
店を経営。早くからアメリカ流のマーケティングに興味
を持っていたことから、87年本部から抜擢され、アメ
リカでの店舗展開のために渡米。88年、「Sushi
Boy」1号店オープン。同社の撤退を受け、90年、
ビジネスオーナーとして再スタート。現在、まついレ
ストラン、ベントスを含む15店舗を経営。

幼少期〜大学生時代
◎「笑い」が僕らの平和運動


明治大学時代、学生運動が続く中、僕はもっぱら落語に没頭しました。落語研究会の同級生には三宅裕司、後輩には立川志の輔やコント赤信号らと、そうそうたるメンバーでしたよ。「学生運動しない奴は人間じゃない」みたいな風潮がありましたが、そんなの関係なし。学園祭では大勢の観衆の前で落語を披露したり、デパートの配送センターの仕事をして旅費を稼ぎ、春休みに全国の老人ホームを巡業したり。10班くらいに分かれて、北海道から九州まで各地を回りました。少しは人の役に立てたのではと思っています。
 
今考えると、ピュアで熱い思いを持って励んでいましたね。笑いで平和運動してた感じかな。大学4年間で腹を立てることなんてなかったですから。友達に恵まれ、ほんと、笑いの中での楽しい学生生活でした。

渡米期
◎懐の深いアメリカで夢を実現


卒業後は、小僧寿しのフランチャイズを6年半ほどやりました。経営に関しては、マクドナルドから学びましたね。お客様の気持ちを掴んで、トータルで楽しんでいただくサービスは、日本よりはるかに優れていましたから、アメリカのマーケティングを積極的に取り入れたいと思いました。そんな僕の経営が、本部に伝わり、社員でもないのに、アメリカでの店舗展開に誘われました。
 
1987年に渡米。88年にブレントウッドに1号店を開きました。この時、日本のやり方はアメリカで通用しないと痛感しました。「日本へ帰れ」「ここは銀座ではないぞ」と、現地の人に言われたこともあります。
 
3カ月ほどで、株式公開のため会社は撤退。僕は、カミさんも子供も連れて来ましたし、夢を持っていたわけですから、「自分でビジネスとして再スタートしよう」と決意。事後処理に1年ほどかけ、90年2月にトーランス店をオープンしました。
 
現在「Sushi Boy」は、直営で12店舗。LAXなど目立つ場所にあるためか、もっと数が多いように見えるようです。実はこれは戦略で、ターゲットの客層が集まる場所、目に留まりやすい場所を選んで展開しています。例えば、スターバックスの隣。認知度が上がるのが早いし、客層が同じなんですよ。彼らのマーケティングを利用させていただいています。渡米から20年。アメリカの包容力と日系人の皆さんのおかげで、何とかビジネスをやってこれたと感謝しています。


88年に全米初上陸を果たした、小僧寿し第1号店
でのスナップ。1番左が、米国向けのユニフォームを
着用した横田さん

未来とメッセージ
◎仕事も遊びも、まだまだ中途半端

 
1年半前にアルトサックスを始めました。ケニーGのコンサートで、彼が客席に下りて来て、目が合って演奏中に握手してくれたんです。もうこれはやるしかないと思いました(笑)。月2〜3回のレッスンですが、10年後の思い描いた音を目標に気長に続けるつもりです。
 
生き方のキーワードは「バランス」と「楽しさ」。家には仕事を持ち帰らないし、仕事の話もほとんどしない。その代わり、土曜日には新しいアイデアや方向性を考える時間を取っています。経営者として、仲間に活躍の場を提供することと、仲間と物心両面の豊かさを追究できる会社を創りたいですね。自分の仕事に誇りを持って目を輝かせるスタッフを見ると、本当にうれしくなります。
 
リタイアは考えていません。今はまだ、仕事も遊びも中途半端。もちろん、もっと会社を大きくしていきたいですよ。そのために、夢や思いを描き、自分で決めたことを着実に実行し、働く仲間のチャレンジ精神を大事にし、楽しく仕事ができるように心がけています。夢や思いを実現するには、理想の未来を想像すること、そこに到達する道のりをシミュレーションすることが大切。できないことはないと信じています。「唯心所現(ゆいしんしょげん)」です。
 
カミさんとは友達のような夫婦です。ワインや落語、ゴルフは一緒に楽しみ、別々の趣味も持っています。それに、僕はとも人が好き。だから、楽しく仕事をしながらも、好きな友人や仕事の仲間とゴルフ後にパーティーをして、真ん中に好みのワインと寿司、そして楽しい落語と音楽に囲まれているのが、理想の10年後ですね。